パワハラか? 教育か? 人格を矯正される洗脳説教 

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当記事は、
こちらのパワハラ記事後編記事となります!


必ず、こちらから先にお読みください^-^

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せみあど1

アンドレに殴られそうになる



アンドレ運輸
入社して半年以上が経ち……。
私の精神はどんどん疲弊(ここに入る前から疲弊しきっていたけど)していったんですが。




そんなときに、ギリギリだった私更なる追い打ちをかけるような、ある事件が起こったんですね。





大きな事件です。




この事件の予兆は、
少し前からあった。


アンドレが日々行われる会議中に、
こういうことを私によく言うようになってたんですね。

「おまえはオレの言ったことに対して、
はい、と言うけど。
はい、と言ったらそれは、もう出来ますよ、
という意味だからな。

そういう意味として、
オレは取るぞ?」



で、確かにその通りなんですけど、
私は立場上、
また上記のような自分の意思を持てない状態故、


アンドレに対しては、

「はい」

しか言えないんですよ。


「いいえ」
とは言えない。



しかし、これをアンドレに言われたときに、
すべて了解と取られて、
その上でまた意見をされたら、
もっとしんどくなる

と私は思ってしまって。



何にせよ、このとき色々と
精神的に限界がきてたので。







事実、この頃は死を考えるようにもなっていました。





とにかく、
これ以上の負荷は耐えきれない、
と思ってしまって。




つい、ね。






やっちゃったんですよ。




いつも通り長く意味のない雑談会議が終わって
5人で一緒に会社を出た時に。




私は帰ろうとするアンドレに、
「すみません、ちょっと話があるのですが」
といってヤツを引き留めたんですね。



で、アンドレと2人で、
会社の人気のないところ
に行って。



それこそ人がまったく来ないような場所で。


私はアンドレに異論を唱えました。



私が「はい」と返事をすれば、全て肯定と、了解と受け取るぞ、と言われますが、私は立場上「はい」というしかない場面もあることを、心の隅でいいので理解しておいてください、
と。



このようなことを、
アンドレに言ったのです(この言い分も、冷静に考えたら色々オカシイんですけどね)。





しかし、アンドレは予想通り、一つも私の意見を汲んではくれませんでした。

「は?
どういう意味だ?
さっぱり言ってる
意味がわかんねぇぞ?」


と、言われ。




すぐさま一方的なアンドレの説教が始まり。。。

「おまえ、なんでオレがおまえに色々言ってるか、わかるか? おまえのためを思って言ってるんだぞ? おまえは口答えなんかせずに、ハイワカリマシタと言って素直に言うことを聞いてたらいいんだ!」



みたいに
10分15分くらい延々と
アンドレに詰られ続けて




それで、私はもう色々と限界にきてしまって。
ここまでは、アンドレに不満があってもそれを言うのは我慢し続けていたんですが(立場上嫌われたら会社に居づらくなるので)もう限界の限界がきてしまって。





「アンドレさん、
私のことバカにしてんですか?」




ハッキリ言ってしまったんですね。

かなり反抗的な口調で。



するとアンドレは
たちまちのような面になり、




「んだとコラ! 
ケンカ売ってんのかてめぇ!」




大声で吠えて。


拳を振りかぶり、
フルスイングで私を殴ろうとしてきた
んです。


アンドレの拳は、
私の顔面に当たる少し前で止まりました。

私はアンドレが殴りかかってくるとは夢にも思っていなかったので、恐怖で身体中がガタガタと震え、小リスのように縮こまってしまいました。

ちなアンドレは巨漢です。
振りかぶっての全力パンチだったので、
あれであのまま殴られてたら骨いってたと思います。



当然、現代社会では、
暴力は許されません。


殴ったら傷害罪で警察に捕まります。
仕事も当然、クビ。



なのでさすがのアンドレも自分の行為にブレーキをかけたんでしょう(奥さんも子供もいますからね)。


しかし、あの時もし本当に殴られていたら。


それを私は警察に訴えていたか、というと



訴えていなかったです。






心がズタズタにされている上での暴力
だったので。

多分、殴られていたら、
私の精神はほぼ完全に壊れていた。


だから、警察に訴える、みたいな行為はまず取れなかったと思うんですね。まぁ、それでもさすがに顔殴られていたら親に見つかってどうにかなったのかもしれませんが(いや、果たしてその日、まともに家に帰れていたかどうか、わからない)。いずれにせよ私の心が致命的なダメージを負うことは避けられなかったでしょう。





アンドレがなぜ殴りかかるほど怒ったのか。
この理由も、理屈では解ります。

入社してきた20代の若造は、社会人としても人間としてもまったくなってない。
情熱をもってそれを矯正してやろうとしても、なかなか素直にならない。

挙句の果てに、文句をつけてきた。


となれば怒りますよね。





ただもっと言えば、
もっとアンドレの内面を正確に表せば

きっとこれ↓本音だと思うんです。


私のような明らかに自分よりも下の人間に反抗された(ある意味ナメられた)という事実が許せなかった。

ですね。
十中八九これしかない。
でなきゃ、あそこまで怒りませんから。

私もこの時、非常に追い詰められていたので。でなきゃ、先輩や上司に向かって反抗的な態度を取る、なんてことはしません。









で、その後は
アンドレが他の社員(私がアンドレに話をすると言ったことで不安に思って会社に残っていた配達員の2人)を電話で呼び、彼らがやってきて、場をおさめ、それでも私に歯向かわれたことでアンドレは最高にイライラしていたので、その場は解散になり、その後配達員からの指導で私は翌朝、アンドレに謝罪することになりました。


その夜の精神状態は

自分がそこに存在していないような気分。
物事の最中、とくに感じたのが、
まるで自分がここにいないようで、
自分ではない誰かが(アンドレや他の配達員の)話を聞いているかのような感覚。


ただストレスを教えてくれる胃の痛さだけが、
チクチクと
今もひどく、とまりません。


日記に書いています。


その夜、私は次の日、アンドレに謝る夢を見ました。知っていますか? 本当に精神が最悪の状態の時って、ほぼ現実に則した夢を見るんですよ。




翌日、朝一番で私はアンドレに頭を下げて謝り、アンドレにそこでまたひとしきり怒られ、(「おまえをぶん殴りそうになったぞ!」と言われました。つまり殴ろうとしたのは威嚇じゃなくて本当に殴りそうになったけど、ギリギリのところで社会的な立場を考えることによって拳を止めた、ということです。あそこで私がビビらずに(まあありえないんですが)何かしらやり返していたりしたら(暴力に限らず更に反抗的な態度を取り続ける、とか)、普通に殴られてました






そこからは、
通常の午前の配達に入ったわけですが。




この時の、
精神状態がやばかった。


当然仕事をするわけなんですけれども、
トラックのハンドルを持つ手がね。

たわむんです。


あの時、
ハンドルを切って事故を起こさなかったのが。
むしろ不思議なくらい。

精神的には完全アウトでした。





そして、
この後3日間ほど、水しか飲めない状態に陥りました(正確には昨夜から)。





ここまで読んで頂ければ解るんですけど。

この時点で、
私とアンドレとの関係は、

最悪、
です。


でも何が辛いって、
この関係で、お互い職場に居続けて、
お互い仕事をしていかなければいけない
んですよね。

毎日毎日何時間も顔を突き合わせて。


お互い無視とかできないんですよ。
なにせ、事実上は、5人の職場ですから。

運行管理者のアンドレと配達員の私は、仕事上かなり密に話し合いをしていかなければならない場面も多い。


密接度ハンパない。



でも何とかしてやっていかなければならない。



でも、一応救いはありました。
唯一の救いといっていいものが。

それはですね。

アンドレがね。
私に殴りかかったという事実が。
さすがにやり過ぎではないか、と。
そこはアンドレにも非があるのではないか、と。
日和見主義の人がですね。

この時ばかりは、日和見モードを解除して。
あいだに割って入ってくれたんですね。

そして、チーム長を交えて、
チーム長、アンドレ、日和見の3人で
話し合いがもたれたようで。

後になって、アンドレから、殴りかかったことに対しての謝罪はありました




しかし、それ以外のすべては
私のまともじゃない人格が招いた事件
ということで。

私はチーム長に顛末書かつ反省文を書かされた上で、この事件のことで居残り説教を受けるようになりました(チーム長からは、アンドレとのケンカの反省文、と言われたわけですが、
アレ、ケンカじゃねーよ)。


『反省文(当時の日記より)』

顛末
帰り際、私はアンドレさんを呼びとめ、
先の会議で言われた「はい」という返事はすべて了解と取るという事柄に関し、
そう言わざるをえない場合もあるのではないか、と問いかけました。
それが発端となって、私がアンドレさんからの指示を理解できていなかった事など、
お互い日頃から不満を持っていた事柄の言い合いになり、
また、私が威圧的な態度を取ったため、アンドレさんを過剰に怒らせる結果となりました。

反省
「はい」といった返事の問題自体は、
ただのきっかけで、日頃から山積していた不満により、
私が精神的に非常に追い込まれていたため、あのような問題が生じてしまったのだと思います。
自分のために言ってくれている、という事に関しては、
まさにその通りだと頭では理解していたのですが、感情的に受け入れ難い部分もあったのが事実で、
そういったところもまた、不満を生み出す原因になっていたのだと思います。
今後はこのような問題を起こさないためにも、より一層仕事への意識を高め、
アンドレ運輸の社員として、少しでも会社に貢献できるような存在でありたいと考えています。

これはほぼ原文ママです。


こういうものは、
自分が感じた反省を書くのではなく、
読み手が(この場合チーム長)が望む反省を
書くもの
です。



みんなそうしてますよね。


親に相談し、チーム長に訴えるも……


この殴られそうになったことを、
私は親にいきさつとともに話し、相談
しました。


しかし親は、

「先輩方から、私のためとして
いろいろして頂いていることは、
ありがたいし感謝もしています。
しかし、私自身、それが強いプレッシャーになっています。
ご飯も食べられない日が続き、
精神的にも不安定になっています。
ですから、今のところは毎日の仕事をこなすこと
だけに集中させていただけないでしょうか。
仕事自体が嫌では決してないですし、
頑張っていこうという気持ちも本当にあります。
もちろん、自分から先輩方とのコミュニケーションも
図っていくつもりです」


と、いう風に言え、と。




で、私は本音を抑えて、
この通り
にしました。



本音?



本音は、

思想の押し付けをやめて下さい!
でないとここを辞めます!


ですが、
それを言えるわけもなく。。。(というかこの頃にはね。本音なんてもんはなくなってきてて自分は間違っている人間なんだ、という自責の念しかなかった)



チーム長も決して話が通じる相手、では決してありませんが、アンドレよりはマシです。私が言ったことに対し、逆切れしたりはしないでしょう。


しかし、結果的に
逆切れなどはされなかったものの)
チーム長は私の意見を聞き入れてくれることはありませんでした(このなんか妥協した感じの訴えですら、聞き入れてもらえなかった)。



会社のため、それが自分のため、それが素晴らしい人間のあり方、うんたらうんたら。
といういつも通りの内容の説教をされて、終わりました。


アンドレさんは、おまえのためを思って言っている。
それを理解しろ。と。






このケンカの日以降、
私は完全にアンドレに嫌われました。

これまでは鬱陶しいくらい絡んできたんだけど。


これ以降は
仕事で必要なこと以外で絡んでこなくなった(説教はされます)。



事実上、嫌われたんですね。



これは良いっちゃ良いようにも見えるんだけど。



事実上、
5人の職場なんで。


大勢いるなら、無視したり関わり合わなくても仕事は回っていくかもしれない。

でも、5人なんですよ。
席も向い合せ(私の目の前がアンドレ)で身近にいるし。


仕事上、どんなに嫌いあっていても
関わらざるを得ない。

お互い心底嫌いあっているのに。


何とかしてやっていかなければならない。

立場上、私はアンドレに嫌われてしまうと、会社に居続けることが非常に苦しくなるわけです。





ストレスは、
もう尋常じゃなかった。



空気が黒いとぐろを巻いて突き刺さってくるくらい、険悪そのものだった。

ご飯を普通に食べることができて、普通においしいと感じられることが、幸せなのだと気づいた。
(当時の日記より)








なにせ、ストレスでまともに飯が食えなくなってたので。



そして、ついに。


ここから、
アレが始まりました(ようやくこの記事の本題が^^;)。


会議&雑談残業後の、


人格指導です。



当時の日記に、
私はこの時のことを次のように書いています。

人格改造・社会人としての意識向上
のため、毎日仕事終わりに話し合い、
というか、指導があるようになりました。

今日仕事をして良かったと思えたこと。
仕事をして駄目だったと思えたこと。
そして仕事に対する疑問点。

この3つを毎日1つずつ考えて、
仕事終わりの話のときに、上司に報告しなくてはならなくなりました。

一昨日珍しく私だけ先に帰らされて、ほかの社員4人で
私のこの間のアンドレとのケンカのことについて
いろいろ話し合い、私をどうするか決めたようです。

こうなったのは、もちろんアンドレとのケンカが原因です。
アンドレは私に不満いっぱいでしょうし、
あれ以来、アンドレは私に対して村八分を仕掛けてきます。
他の社員とあからさまなくらい仲良くし、私を無視し続けています。



私のことを思ってこういうことをしてくれてるのはわかります。
でも、(^-^)です。
私の頭の中には(^-^)いがいなにもおもいうかびません。

おもいうかばなくても3つ報告しなきゃいけません。

こんなこと無意味です。

私の不満は
仕事に精神を傾倒しきっている社員たちと、
そしてアンドレという人間そのもの、
この2つであり、
これ以外なにもありません。

ここ2週間、精神的に異常であり
腹は下げるわ、とにかくもう書きませんがいろいろ体もきついです。

微かな食欲が死ぬほど嫌に感じます。

もうここまでくるのにどれだけ自分を壊してきたか。
でも、自殺と天秤にかけてどっちをとるか、で
今までやってきましたけど


こんなこと毎日やるなら、やめてやる!

なんて意思も私にはないんですよ。
ほんとうにこれっぽっちもないんですよ
それを殺すことで毎日会社に行き続けていたわけですから。
でもどんなに殺しても限界はあるんですよ。
事態が悪化するとわかりきっているのに。


食欲がうざい





意思はありませんが
気持ちはまだあります













いやだ。






地獄の人格指導が開始される


冒頭に書いた、
性根の曲がったクソ野郎である私を真人間にするため人格指導が、ついに開始されました。


21時くらいに、
会議&雑談残業が終了した後に。

30分ほど、
私を社会人として指導していく時間を持つ、と。
チーム長から言われたんですね。



その内容なんですけど。
私がその日の仕事で、

①今日仕事をして良かったと思えたこと。
②仕事をして駄目だったと思えたこと。
③そして仕事に対する疑問点。


3つ

【毎日】

考えて、4人に発表するわけですね。

で、その3項目に対して、
4人からの指導が行われる、というものでした。



で、これの何がきつかったのかというと、
まず、内容としてはほぼ説教みたいなものなので。

私が①、②、③を言ったところで。
「うん。なるほど。わかった」
みたいには絶対に終わらないんですね。
②や③に関してはまず間違いなく指導があるし、①もすんなりと受け入れられることはあまりなかった。

4人が私の喋る言葉に注視し……

①に対しての指導が10分程度あり。
②に対しての指導が10分程度あり。
③に対しての指導が10分程度あり。


っていう感じで、この指導の時間自体が、



私にとっては、とんでもなく苦痛。
しかもこれ、会議(雑談残業)の後に行われるから、その分だけ更に退社時間が延びるんですよ。もう勘弁してくれ、って感じでした。





更には、この3つの項目を。
毎日考えなきゃならないんですよ。

特にないです。とか通用しないし、それこそ怒られるので。

私は仕事をしながら仕事中に必死になって
この3つの項目
を考えていました。

何かないか、何かないか、と。

でもないんですよ。
基本ルーチンの仕事なんで。
特別なことなんて、そうそう起きないし。

毎日違うものは思い付かない。
でも何か考えないといけない。


てなわけで、すげーストレスになっていた。


回答の例としてあげると。

①今日仕事をして良かったと思えたこと。
 配達先でご苦労様と声をかけてもらった。
 お客様の笑顔が嬉しかった。

②仕事をして駄目だったと思えたこと。
 トラックに荷を積む順番を間違え、
 荷下ろしの時に苦労した。
 次からはないよう気を付けたい。 

③そして仕事に対する疑問点。
(最大の関門だった。主に会社のこととか聞いて凌いでた)



で、これが毎日行われるので私も、
同じようなことを答えたり、
回答の質が薄くなったり
してしまって。

そしたらそれは、前と同じじゃないか、もっと具体的に何か感じたことはないのか、と言われて。

そこから、仕事に対する意識が低いから、良かったことや、駄目だったこと、そして仕事への疑問点などがちゃんと思い浮かばないのではないか、という説教になるんですね。




アンドレとの衝突もあった後のことですし、
ストレスがものすごい状態になっていました。


【3時間のサビ残】+【1時間の雑談残業】+【チームメンバーとの価値観の相違】+【アンドレとの確執】+【30分の人格指導】

狂った日々


この人格指導が開始されて以来……



私の心身は、
壊れの極致にいました。



まず、食欲がなくなり、
食事ができなくなる。

朝、パンと牛乳
昼飯はほぼ食えないか全く食えない
夜はおかずを少し。ご飯(白飯)は食べられない。
っていう状態です。

更には、ストレスで、
一日中咳が止まらなくなる。
誰かと話すときも
咳が出るので、話せなくなる。
寝るときは咳が出てそれが入眠を阻害する。

体調も悪くなり、
従来のヒステリー球はもちろん、首肩の凝り、
それからくる頭痛・吐き気・扁桃腺の腫れ、そして胃痛
に悩まされていました。



また休日は、ほぼ100%、
全身の気怠さと、片頭痛が襲ってきました。
平日はそうでもないのですが、休日になると気が緩むせいか頭痛がひどくなるんですね。

心がボロ雑巾のように疲弊しきっているので、意識が覚醒している時間ぜんぶが、苦痛。
なので、出来るだけ夢の中に居ようとしてしまう。土曜とか。夕方まで寝てしまう。
昨日夜に眠りについているにも関わらず。



胃薬は常に飲んでました。


あの、たまにお腹が冷えたりして、
下げ気味になって、きゅ~っと痛くなったりするときあるじゃないですか。
あのトイレに行かなきゃ! ってなるやつ。

あれ、結構痛いですよね。

でも、仕事中にあれがくると、すごい嬉しかったんです。あの痛みがあると、それを感じているあいだは、心の痛みが少しでもまぎれるので。



当時の日記より

毎日毎日、
胃痛、下痢、吐き気。
ストレスが尋常ではありません。

こんな日々が毎日毎日続きます。

体が壊れるのが先か
心が壊れるのが先か
自殺をするのが先か

とにかく、じっと待っていれば仕事はそのうち終わるんです。
色んなところにストレスはありますが
もう何がなにやら分からなくなってきています。

もう何がストレスなのかも不透明です。

いや、確実にもっとも強い要因は洗脳なのですが、
それすら意識に靄がかかったように見えにくく、
ただひたすら苦しく、暗く、落ち込んでいます。

死んで自分の人生を終わりにすること。
会社を辞めて新たに一人暮らしを始めること。
絶え間ない苦痛の中で、今日も考えていました。

家からは必ず出なければなりません。





親?



親には体調のあらゆる不良を訴えてましたけど。


気にしないんです。

精神的な不調、っていうのを
すごく軽視している
ので。


『風邪か?』

『早く寝ろよ』

って言われるだけで。

風邪じゃない、ストレスだ、と言ってもそこは解らない精神的な不調が身体の不調に繋がる、という思考がない、んです)。


私のヒステリー球とかストレスが増えると咳が止まらなくなる症状親は知らないんですね。

何度も口にして症状を伝えてますが、
理解はしていない。



『どうした、風邪か?』

ってなるので。
いや、風邪じゃない、って。
ストレスで咳が止まらないんだ。


っていう。
毎回このやり取りの繰り返し




また、体の不調だけに留まらず、
私にはいくつかの異常行動が出ていました。

例えば、
会社の帰りの車の中で、
声が枯れるまで延々と叫び続ける。


延々です。

叫んですっきり。

とかそーいうのではなく。

延々。





で、クラクションを鳴らし続ける。


鳴らし続けながら走る。





クラクション+絶叫、みたいな。





他にも、風呂場で
毎晩狂ったように笑う。






『狂笑』ですね。

当時の日記より

狂笑というものは、不思議なものです。
笑っているのに、笑っていないのです。
全く楽しくなどないのです。
しかし何故か笑うのです。
永遠と続いてきた「苦しい」と「馬鹿馬鹿しい」が
弾けたような瞬間でした。

私は風呂場で狂笑しておりました。
0.5秒先の思考すらままならぬ狂った笑い。

人として狂い続け、壊れ続け、
精神が壊れ続け、それでもなおまた壊れ続け、
ふと狂笑へと存在そのものが変わる。

狂う以外の、精神の次の選択がない時
狂います。

大声で笑う私を家族が狂っていると
思うということすら、狂笑していた私は
考えることができませんでした。

ただ、苦しい。
思考の逃げ場がない。

狂うしかない。
あまりにも馬鹿馬鹿しいアンドレのような人間から
私は逃れられない。
帰順するしかない。
狂うしかない。





私の頭はほぼ完全に狂っています。


とにかく、色々ともう
日常的に常軌を逸していました。


これ以上の奇行は読者に引かれるのでここには書きません。

感情を殺して、新しい人格を造る


私の狂気の頂点が、
ちょうどこの時でした。


錯乱した思考の中で私は、
社会的にダメな自分の感情は全部殺してしまって。

その上で、社会適合の人格を新たに自分の中に造ろう、と考え始めていたんですね。



で、
実際に、何をしていたのかというと、
アンドレとの不和を解消しようと、自分から進んでアンドレに話しかけたり、無理矢理明るく振舞ったり、無理矢理元気に振舞ったりしていました。


(雑談残業の雑談にも、積極的に入っていった)



この会社に居続けるためには、アンドレと上手くやっていくしかなく、アンドレに嫌われてしまった今、何とかして自分からアンドレと仲良くし、アンドレに気に入られる(つまり社会適合者の)人間になるしかなかったんです。


そして『これ』が単に気持ちの切り替えなんかで可能ならば、最初から(入社当時から)やってるんです。でも、私はそれが致命的に出来る人間ではない。




なので。




『これ』を行い続けるために。






自分の感情を殺す。




いや、
感情を殺すと言うより。





尊厳を殺す。





苦痛を無理やり押し殺すのではなく。





苦痛を苦痛と感じるだけの尊厳を殺す。



自分自身を
完全に価値のない存在だと思い込んで。

そんな価値のない自分だから、
どのような扱いを受けても、
むしろ嬉しいんだ、有難いんだ、
という風に思考を、感覚を造り変えていく。





こういう風にして初めて、
こうした自分の心に背く行為を喜んで行う自分、を造り上げる。










このようなことを、圧倒的な狂気の最中であるこの時に、
私はやっていました。


首を吊ろうとする



しかし、この時すでに、
私がどれだけ必死にアンドレに親しく接しようとも。





もうアンドレとの亀裂は修復しきれないレベルになっていました。







アンドレはあの件を経て以降、私のことが完全に嫌いになっていたんですね(他の3人は私を正しい人間にするために人格指導を日々行ってくれていましたが、アンドレに限っては、もうこの時は単に気に入らない私に説教をしたいだけだったのだ、と当時、彼の態度などから、私は強くそう感じていました)。










しかし、
この会社で居続けるためには、
アンドレとの関係修復は必須事項。











そこで、私は考えたのですが。



やはり、
アンドレとの仲さえ
何とかなれば。


そこさえ、
何とかなれば。

せめて上っ面だけでも、
それなりに仲良く

くらいにでもなれば。



ここで仕事を続けていくことが可能だと思ったわけです。なにせ、日々の配達の仕事は普通にできてるんですから。


というわけで、思い切ってアンドレのことを他の配達員2人に相談してみたんです。








なんとかアンドレと仲良くできる方法はないか? 自分ではアンドレに話しかけたりして精一杯やっているつもりだが、どうしようもならない、と。




要は2人に、私とアンドレとの関係を、取り敢えず仕事上は支障がない程度、にまで修復する手伝いをして欲しかった。













したらまあめっちゃ怒られた。

こうなった(アンドレとのあいだに取り返しのつかない亀裂ができた)非はすべておまえにある、みたいな勢いで。

日和見主義の人は性格的に怒らないんですけど。感情的な人は、アンドレを先輩として、つーか兄貴的存在として尊敬しているので。アンドレを悪く言う、とか彼の中ではあり得ないんです。



(日和見主義の人のみに相談し、日和見主義の人からチーム長やアンドレに意見を通してもらう、という方法がベストでしたが、そこまでの余裕が色々とありませんでした。この状況下で、先輩に(人間として間違った)意見を言う、という行為自体に、ものすごい精神的負荷がかかっていたので、後から理屈で考えたらこうしていれば良かった、なんて絵空事で(加えて、日和見主義の人が私のために、自分より立場が上であるアンドレが不快になるようなこの案件を呑んでくれたか、というと……無理だったと思います(私が殴られそうになった件は、あれ殴ってたらアンドレもやばかったので))。





この時に、
私はもうどうすることもできない状態になりました。

精神状態がイカレてたので思考でここまではっきりと考えることは出来なかったんですが、要するに、この会社を辞めるという選択肢がなく。会社に居続けるには、アンドレと仲良くなるしかなく。しかしアンドレには完全に嫌われていて、自分ではどうすることもできず。そして配達員のメンバーもアンドレとの関係修復の手助けをしてくれない。
と。




なおかつそんな状態で、出社し、アンドレと顔を突き合わせて仕事をし、
アンドレからの説教を受け続けねばならない。





となって。







どこにも逃げ場がない。




誰も私の言っていることを
理解してくれない。





少しも汲んでもくれない。





自分の気持ちを吐き出せる場所
受け止めてくれる人一人もいない。



世界のすべてから、
ただひたすら否定しかされない。






(家族は私がそういった精神状態にあることすら露ほどにも知らない状態で、不平不満は吐き出して訴えてはいましたが、それは単なる仕事で悩み、であり、仕事で悩む、のは『普通』なので)








この時、






私の中の何かが壊れた










家に帰ってきた私はそのまま、
車庫にあったロープを手に取り、
それを車庫の桟にかけ、
踏み台脚立を持ってきてその上に立ち、
首に縄をかけました。

















でも、
吊れなかった。


















時間にして30分以上、
その状態のまま在り続けた
んですが……
















脚立を、
蹴飛ばせなかった


















家族は
このことを知りませんし。









話せるわけもない。






「無理するなよ」とか
「よく頑張った」とか
「しんどかったら辞めればいい」
という言葉は、生まれてこの方、私は一度も家族からはかけてもらったことはないです。

言われるのはいつも、
「絶対辞めるな」
「頑張れ」
「辛いことはあって当たり前」

と、いう言葉で。





もちろんそれも、
私を思ってのこと
なのは解っています。

ワタシノコトヲオモッテノコトナノハワカッテイマス

自殺以外が、頭から消える


一旦は思いとどまったものの、
私の自殺願望
まったく消えませんでした。

意識が覚醒しているうちのすべての時間
私は自殺のことを考えていました。


目が覚めてから寝るまで1秒たりともかかさず
自殺
のことを考えていました。


首を吊るか、飛び降りるかのいずれかのことを

ずっと考えていました。


本当に苦しいときって?


私が思う

本当に苦しいとき

というのは。


1秒先の苦痛が
自分の全存在になるとき
、です。

1秒先の苦痛を、
全身全霊を以て味わい、耐え、
乗り越えている時
です。


猛烈に腹が痛くなった時。
高熱にうなされている時。

ああいう時って、
苦しい、しか感じられないじゃないですか。

でもあれはまだどこかで。

これが永遠じゃない、ってワカってる。
数時間、もしくは数日でこの苦しみは消える。
ってワカってる。

から耐えられる。

(自殺の原因で最も多いのは健康問題。
これは何故かというと、
その健康問題って、永遠に続く苦しみなんですよね。

重い病気にかかり、治る見込みもない。
日々、病気による苦しみに苛まれ続ける。
そしてこの苦しみは死ぬまで続く。
となった時に、人は自殺する。

つまり、人間は自分の許容量を超える苦痛が、
この先絶えることなく永遠に続く、と悟った時、
自然と死を選ぶ生き物なんです)


で、仕事の場合も。
私は辞める、という選択肢が頭になかったので。
私にとっては、
半永久的に続くものでした。




自分の中のすべてが苦しさに支配されていて。
そういう1秒を、

味わい。耐え。乗り越え。

たら、次の1秒が来る。

その1秒が終わったら、そのまた次の1秒。


これだけが連綿と続いていく。

そうやって覚醒しているすべての時間が終わる。


寝て、起きたら、またこの繰り返し。




こういう状態ですね。

本当に苦しみに苛まれているとき、って目が覚めた瞬間、そのまさに数瞬は『忘れてる』んですけど、すぐに『やってくる』んですよね。その苦しみを生み出しているもの、が。すぐに『やってきて』、思考を席捲。世界を席捲。黒なら黒。灰色なら灰色。濁った血の色なら濁った血の色に。視界全部を塗り替えてしまう。おかげで意識が覚醒しているあいだは、1秒たりとも『それ』から逃れられない。俗にいう、【苛まれる】、という状態です。








(それでもこの時私が自殺をしなかった最大の理由は、心のどこかで、まだ逃げれる(辞めることができる)という意識があったからです)

地の底での決心


このように非常に苦しい状態の最中で、
私はある決心
をしていました。

当時の日記より

自殺しようとした私の精神状態は
異常そのものでした。
あの次の朝は
会社の人への挨拶すらまともにせず、
ただ苦しみと吐き気と体のあらゆる部分の痛みを
味わい続けていました。
食欲もなく、胃が感じるのは、吐き気だけ。
その日も帰ったのは夜遅く、特に何もせず眠りました。
ここから金曜、今日の朝方まで
強い苦しみの中、
ただ一時すら休むことができなかったため、
時間の感覚と記憶がほとんど残っていません。
考えていたことは、自殺しなければ、
ただそれだけであったように思えました。

このままでは死んでしまう。

しかし、死ねない。

死にきれない。

会社の言うとおりのやり方で、
自分を変えようとは思えない。

その、思えないは、死んでも思えない。

そう気づいたとき、私はもうこれ以上
心を殺して生きることはしないのだ、と。

なぜ心を殺して生きていたのか?

それは、生きるため。

しかし、もう死んでも心を殺して生きるのは嫌だ。
その嫌だ、は死んでも嫌だ、という意味で嫌だ。
となると、もう心を殺す必要はない。

心を殺して生きるくらいなら、
自分の思うように生きて、
モノが食べられなくなって死ぬほうが、いい。

自殺をするのは、その時になってでいい。

私はそう思えるようになりました。

無論、これからも
自分が望まないことに対しても、
努力も無理も我慢もするつもりでいます。
しかし、自分の心を殺してまでそれをするのは、
もうやめよう
と。

そしてそれが最終的に餓死に繋がるなら、
それはそれで、自殺をしよう、と。

自分を殺してそれで狂って死ぬよりも、
自分らしく生きて、
生きられなくなって死ぬ方を選ぼう、と。


ここまできて、今の私はそのように
思っています。



心を殺さない、これを絶対的に堅持するなら
モノは食えない。

しかし、それをしなくとも
死んでしまう。


それでも、
死に方だけは自分で選べる。



とにかく、私としては
自殺を考えたのような状態には、二度となりません。
なぜああいう状態になったかというと、
心を殺し続けたからです。
もう、心は殺しません。

でもそれだと最初からそうしてればいいわけで、
どうして殺してたかというと、
そうしないと仕事、続けれなかったんですよね。

ですから、
譲れるところ、ぎりぎりまで自分を
いわゆる「会社に奉仕する人間」に
変えてみようと思います。

こうすることによって、
いわば自己洗脳に近いのですが、
心を殺さずには済みます。
しかし、ある一定のボーダーラインは持ちます。
これはあまりにも不条理だ、と
感じたら今までのように自分を押し殺して耐えず、
ちゃんと自分の意思を持って
(前のアンドレの時は精神崩壊ゆえでした)
反論しようと思います。
そして返ってきた答えに、
また同じように全く納得できない場合、
そこですっぱりと辞めるとチーム長に話します。

これだけの覚悟がないと、
自分をぎりぎり変えてみるなんて、できません。


譲歩する時点で、自分をすでに殺していると?
ええ、たぶんその通りでしょうが、もういいでしょう。
私、こないだ自殺しかけたんですし……

自分が首を吊るイメージ
高いところから飛び降りるイメージ
何度もイメージしています

でもまだ苦しみがたりないんですよね。


自分が、狂ってると思うものが、

正しい

世界って、もう狂気しかなくて。




狂気以外なにもないんですよね。



この時の決心自体はまだ、あやふやなものですが、
この時生まれたこれが、現在のこれ↓


に繋がっています。

クビを言い渡される



延々と日々が繰り返され、
入社して2年が経とうとしている時でした。




なんと、私は会社をクビになってしまいました。



この理由としましては、
会社の業績が不調続きで、赤字が膨らみ
社内のチームを統合せざるを得ないところまで追い込まれていたのです(私もそのことは知っていたものの、そこまで深刻だとは思っていなかったし、また自分のことでいっぱいいっぱいで、会社の経営状態どころではありませんでした)。

ということで、
人員整理が行われたんですね。


各チームから何名かがクビが言い渡され……

私もまた、その人員整理の対象となりました。


チーム長がチームメンバーの評価を上にあげるわけですが、私の評価はぶっちゃけ最悪だったんでしょう。




てことで、あっさりとクビに。
正確には3か月後の解雇を言い渡されたのです。




ある日チーム長からサビ残+会議後、
残ってくれと言われて。
めずらしくその日は
アンドレもさっさと退社していって。
この姿↑@△@;!??ってなった笑


うわ、これまたなげー個別説教だわ、とか思ってたら。




なんと、クビ^-^;



会社の経営状況をデータ化して見せてくれて。
存続すら危うい状態にある、と言われて。
社長が何人かの人員整理を敢行することにした、とのことでした。








この時ね。

心底嬉しかった。




だってもうこのまま
10年、20年いやそれ以上。。。

このチームメンバーや、そしてアンドレと関わっていく人生だと思っていたし、また同時に、その人生を歩み続けるのもほぼ不可能に思えていたからです。


なぜそこまで追い詰められていながら辞めなかったのか?


辞める、という言葉が自分の辞書になかったからですね。

もっといえば、自ら辞める、という行為が、
許される行為ではなかった
から、です。

その言葉は消えて(消されて)いたし。
その言葉を私の辞書に書き足してくれる人も、
周りには一人もいませんでした。


だから
最初から、なかった。



また、自分でそれを押し通すことも、
できなかった。

なにせ、

逃げたら、

死。

なので(え? 今? 
今は単に、人生投げてるだけです)。








あのままクビにならず、
自殺思考のまま、
アンドレとの日々
を続けていたら



実際に自殺してた確率は、結構あるし。また精神が錯乱して何らかの事故を起こしていたかもしれない(自殺しかけた後に、心を殺さないという決心を一応していたものの、正直それを堅持できるかは、解らなかった)。






正しい思考で考えれば当然ね。
事故を起こして無関係の人に被害を出すなんて、最悪ですよ。
問題の張本人であるアンドレに向かっていくか、さもなくば辞めるか。

そういう行動にでる「べき」。


それは、解ってる。
頭では、解ってる。




でも頭でどうこうという段階は
とっくに過ぎている
んですよね。







なぜなら、
頭でどうこうできる段階だったら。







その、
正常な正しい思考が在る段階だったら。






まだ、無理して頑張るから。





無理できる部分(余裕)があるなら。

無理して頑張ってしまう。







本当に追い込まれた状態になると、
反抗することもできないし。
上記のような正常な判断自体が、
できなくなってくる
んですね。
















しかし、幸か不幸か私は、
ここでクビになった















幸か不幸か?












幸運だろ。


辞めるとなったら強気になれる?


じゃあ辞めるとなったら、気に喰わない上司なんてカンケーないって思うじゃないですか。

堂々と反抗しろよ、って思うじゃないですか。



でもそれは、
精神的に普通の状態だからこそ言えることで。


ここまでメタクソにメンタルをやられていると。

心が根っこからその対象(私の場合はアンドレ)に怯え切っているので。ただ平穏に残りの日々を過ごし、出来るだけ静かに何事もなくこの会社を去りたい、という思いしかなくなるんですよね。




歯向かうとかそんな気力自体がない。

送別会とかもなかったんですが、ほんとなくて良かった。

もう、こういう風に生きるのをやめる


さて。
退職日も間近に迫り。

チーム4人の中でも、とりわけマシだった、そして何よりあの事件で私とアンドレのあいだに入ってくれた日和見主義の人に。
私はお礼を言うことにしました。

あの行為だけでも、少しは救われた、というか。
あれすらもなかったら、マジやばかったので。
私が事故っていたか、死んでた確率が50%は騰がってると思う^^;あそこで例え形だけでもアンドレからの謝罪があった、というのは大きいです。


そう考えたら、日和見主義の人は、ある意味、私の命の恩人なんですよね。

当時の日記より

いよいよ会社終わりです。
勤めたのは2年程度。
永遠のような長さにも感じられましたが、
2年半いた郵便局より短かったんですね。

数日前に社長が我々の元に来て、私に直接、解雇してごめんね、の挨拶がありました。
てっきり雇用延長とか解雇取消になるかも、と
私は懸念していましたけど。
良かった。


明日で、チーム長とも、
日和見主義の人とも、感情的な人とも、
そしてあの、アンドレともお別れです。

私、日和見主義者の人には、
個別にお礼を言おうと思っています。
この人は日和見主義バリバリで、
人間としてはあまり尊敬できませんでしたが、
仕事の先輩としては、私のことをよく気にかけてくれたのです。
立場的に、チーム長や感情的な人、またアンドレから守ってくれたことはないですけど、
私の仕事がスムーズに行くように、
色々な助言や手助けをしてくれていました。
その助言も、他の連中のように「はぁ?それおかしくね?」という
ものではなく、大概的を得たものでした。 大概ね。
ので、明日、改めてお礼を言っておこうと思います。


そういえば、今日感情的な人が、
「また、お別れの飲み会をやろうな」と
言ってきました。
その時はつい、とっさに、そうですね、
と了承してしまいましたが、
私は絶対に行きません。

行けばどうなるかは、言わずもがなです。

行く、と言っておいてそこで断るのもアレですし、
明日、彼がそのことを再度言ってきたら、
「そこまでしてもらうのは悪いですから」と断ります。
当然、「悪いことなどない、なぜこないんだ?」となるでしょうが、
そこは「すいません」と言うしかないでしょう。
本心は、
「行っても人生論+説教三昧なのは目に見えてますから」
「もう、あなた方とは会いたくないんです」
ですが、さすがに好意で誘ってくれている相手に、
それは酷いかと思うので。


それでも
ここでとにかく行かない、という意を示すことに、
私は意義を感じるのです。

なおも誘われる可能性は高いでしょうが、
その時は「気が進みませんので」とはっきり断るつもりです。
敢えて飲み会の話が出ない場合は、
わざわざ自分から持ち出すこととは思えませんので、
飲み会の事は出しません。
ただ、「飲みに行こうな」と言われ、
愛想笑いで「はい」ということを、

私は決してしない。



今回私は、会社都合で辞めますし、
正直みんなは私が切に会社を辞めたがっていたとは
思っていないはずです。

私は、自分を見つめることにしました。

あいつは、こんな奴だったんだ、
と私が断ればそう思われてしまうでしょう。
最後の打ち上げ、しかも私の送別会を拒否するのですから、
そう思われるに違いないです。
それが私はやっぱり怖いんですよね。
なぜ怖いかというと、
みんなの期待を裏切ると良心が痛む、などではなく、
ただ単に心が弱いからです。

なるべく他人に敵意をもたれたくない。
なるべく他人と争いたくない。

という昔からある、
自分自身の弱さ。

それだけです。



私はこれを、見つめなければならない。

自分の中にある、
嫌われたくない、少しでも良く見られたい、
少しでもまともに、
少しでも普通に見られたい、
という弱さを。


こんな奴だったのか、と
言われようが、
事実、こんな奴なのですから。

もう、こんな奴でしかなく、
変わることなんてできないし、
変わりたいとすら思わないのですから。


私は私として、すべきことはして、
したくないことには、NOと言わなければならない。



それを全くしなかったがゆえに、
してこなかったがゆえに、
今、私の中には「憎しみ」と「怯え」しかなくなってしまっている。







もう、こういう風に生きるのは、やめよう。






それをすることが、
私が自分の闇を打ち破り、虚無と戦っていくための
スタートラインに立つ、
条件のまず1歩なのです。












それでも、私はこの考え方が正しいなどとは、
決して言わないし、言えない。




この時、25歳。

私はこの時に、
これまでのような正しさに縋って生きる生き方を止めました。

まだ、正社員での労働はやっていくつもりではありましたが、本当に、それこそ自殺するか気が狂ってしまうかくらいに追い込まれるほど限界なら。

つまり、死にそうなくらい限界なら。


それを我慢するのは、やめよう、と。


まあこれ以降も何かと苦難は続くんですが……。
この時に、そこまで追い込まれても我慢して生きるのは止めよう、と自分の中で決めました。

出社最後の日


当時の日記より

アンドレは意外と大人しかったです。
私を本気で嫌いだったんでしょう。
何一つ声かけてきませんでした、最後まで。
もちろん挨拶しても、無視。
私が終礼で、
「この会社に入って、2年。
色々ありましたが、みなさん、どうもお世話になりました」
と言った時も無反応。
その後、最後の挨拶で、
「おつかれさまでした」とチーム長が言ったのと
同時にアンドレも棒読みで「オツカレサマデス」言ってきたので、私は、
「ありがとうございました」
これで、アンドレ終わり。

あれだけ互いに憎しみあって。
あっけないものです。
最悪また今日最後の説教をされるんじゃないか、と思っていた私、
馬鹿みたいです。
ま、憎しみと言っても、憎しみ自体薄っぺらいですからね。
お互いに。










今、この時のこと。
彼ら4人のこと
を思い出してみると。


チーム内での私への見る目が変わった、
最初のひさしを落とした事故


あれ、一歩間違えば、人が死んでるんですよね。


そういう危険な事故を起こしかねない危険な人物、という意味では、私は特別視(危険視)されて当然だったわけです(私は今後、2t以上のトラックに乗る仕事はしないつもりです。本当は車の運転自体止めた方が良いのかもしれませんが、そうなるとただでさえ狭い仕事の選択肢が更に狭まってしまうので、それはできません)。


あの事故がなければ、その後のアンドレとのケンカや、人格指導などもなかった、のかもしれない(わからないけどね)。




まぁ、しかし。

私と彼らは、確実に合わなかった。

この4人と価値観が合う。馬が合う
こういう人も、いるでしょう。
ってか、私と合う人より、多いとすら、
思う^^;

(社会的に正しい人間たちは、無論私ではなく、彼らの方です)

でも、私と彼ら4人は、
合わなかった。


徹底的に徹頭徹尾、
合わなかった。




そこだけは今でもはっきりと言えます

事故で特別視されたのは、当然。しかし、特別視後の対応(指導)が、間違っていた、と私は思っている。









で、
結局私が2年間で彼らから学んだこと






社会の正しさでも
正しい人間の在り方でも
なかった。






やはりまともな観点から見れば。

私は性根が腐っているので






そういうのは学べなかった。


少なくとも、彼らのやり方、では
学べなかった。








代わりに学んだことは、
ただひとつ。



痛切に学んだことが、
ただひとつ。








それは。








人間という生き物
同じ人間という生き物でも
ここまで考え方や感じ方
異なっていて






その異なっている者同士



















理解し合えない





ということ。
















この会社を辞めた後、↑の企業(超ブラック)に就職しました。

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