悪の度合い

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私は、あれから
よく考えることがある。

……


気を遣わず、
普通に話してくれ、伴外。

私は、大丈夫だから。





……分かった。





私が考えているのは、
悪の度合いについてだ。

……それがどれだけ悪いことか、 ってやつか。


そうだ。

私は、
あの男に息子を殺された。

だが、あの男は、
私のことを憎んでいた。

過去に私からいじめを受けていたからだ。

今思えば、あの男が自殺してもおかしくはなかった。
大人になった今だからこそ、わかる。
私はそれくらい酷いことを、あの男にしていた。


だが、それでも、
こう考えてしまう。

私があの男にした仕打ちより、 あの男が私の息子にした仕打ちの方が、
悪の度合いは遙かに上だったのではないか、と。

つまり、
いじめられていたから、
なんてことは、人殺しをする理由になんてならねぇんじゃねぇか、ってことだ。

悪の度合いにラインは、
引くべきだ。

だが、悪の度合いが小さいということで、
それが許されてはいけない。

オレは、そう考えるね。

殺人といじめは、決して同列に置いてはいけない。

だからといって、殺人を決して許してはいけないように、
いじめも決して許してはいけない。

なぜなら、悪というものは、
連鎖し、蓄積し、増幅するからだ。
まるで、雪原を転がり落ちる雪だるまのように。

おまえのケースでの殺人といじめは、 悪を生み出す連鎖の中で、確実に繋がっている。


……


また、大抵の被害者は、
おまえとは違って、
自分とは全く無関係の人間に、大切な人の命を奪われ、
嘆き、苦しんでいる。

どうして自分の大切な人は、
殺されなければならなかったのか。
どうしてこんなことができる
悪魔のような人間が存在するのか。

正に、犯人が見つかる前のおまえと同じように苦しんでいる。



……


その人たちを不幸に陥れた悪魔は、その人たちが作ったのではないのだろう。

それを作り上げたのは、
その人たちとは、全く無関係の人間。

それは一人かもしれないし、
何十人という多数の悪意が蓄積されたのかもしれない。

とにかく、生まれてから誰かを殺すまでに蓄積され続けた 悪意によって、そいつは悪魔になったんだ。


……おいおい。
ちょっと待てよ。

本気で言ってんのか、それ。

周りの悪影響で、
悪魔が造られるだって?

人格形成には、先天的な部分と後天的な部分が存在し、
先天性の部分はいわゆる感情の欠陥から生まれる悪といえる。

つまり、生まれながらに、
倫理や道徳に対して、何らかの障害を持っているわけだ。
ここに関しては、おまえのいうように、 そいつ自身の問題で、他人に全く非はない。

言ってみれば、
これは悪の資質だな。

だが、後天的な部分、
つまり、生まれた後に形成された価値観や人格の障害に関しては、 そいつ自身の問題でもあり、また周囲の人間の問題でもある。


いやいや、ちょっと待てよ。

あのな、
いくらそれまでの人生で酷い目に遭ってきたとはいえ、

世の中には
それでも人を殺す人間と、殺さない人間がいるんだよ。

私は仮に自分がいじめに遭ったとしても、殺人なんて絶対にしなかった。

なぜなら、そこは人として
踏み越えちゃならねぇラインだからだ。

人を殺してしまうような人間は、その踏み越えちゃならねぇラインを踏み越えてしまうような人間は、 やっぱ根本的にどっかオカシイ悪魔みたいな奴なんだよ。

それでもその悪意の積み重ねがなければ、
殺人犯の多くは、殺人を犯しはしなかっただろう、
と、少なくとも、オレはそう考える。

無差別に人を殺すような悪魔は、もうその時点では救えない。
洗脳でもしない限り、変えることはできない。

だが、これから先、新たな悪魔を生み出すかどうかは、
悪魔になってしまう当人だけの問題じゃない。

悪魔になってしまった人間が振り下ろす刃を止めることはできないが、
その刃を振り下ろしてしまう手が形成されていく時点でなら、
周りの人間一人一人が、少しずつでも止めることは可能なんだ。

なぜなら彼らにはそれを造ることもまた、可能なのだから。


……おまえはそんな戯言を、
自分とは無関係の悪魔に大事な人を殺された者の前で言えるのか?

……無論、言えない。

そして、おまえが今言った、
『それ』を答えにしてはいけない。

そこを感情論で終わらせていいのは当事者だけだ。

第三者はそこを理性で捉えなければならない。
そうしなければ、
問題は、解決されない。

必ずまた、繰り返される。


……

悪の度合いは、大小様々だ。

だが、それによって
許したり許さなかったりしてはいけない。

おまえが言った、踏み越えてはならないラインを踏み越えた者、だけに着目しても、
問題は解決しない。

犯人だけに悪が存在する、
犯人だけに問題が存在する、
といった解釈を続けている限り、
永遠に、疑問は解けない。

永遠に、同じような事件は続いていくんだ。


……そうか。

悪いな、伴外。
おまえと会うのは、今日限りにするよ。

私にはそんな風に考えてしまえるおまえにこそ、悪の資質とやらがある気がするぜ。






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