もう彼女しか見えない

本ページはプロモーションが含まれています











































































夢神教へようこそ。

わたくし、
夢神教・教主
アプル=リンゴレ
申します。

この度は、
御入信でしょうか?

あの、
僕、静寂幽鬼といいます。
こちらで夢操術という、夢を自在に操る方法を会得できると聞いて来たのですが。

ええ、承っておりますよ。
どのような夢を実現させたいのですか?

……彼女に、
会いたいのです。

会いたくても、
会えないのです。

彼女? 
それは、あなたの
恋人でしょうか?

いえ、
片想いの女性です。

かれこれ、
10年以上も……。

ほほう。
その片想いの
女性に夢の中で会いたい、
というわけですね?

……はい。

でも僕の夢って、
みんなのとは少し違う気がするんです。

違うとは、どのように?

毎晩……僕は
彼女に会いに行く夢
を見るんです。

眠りに入ったと同時に、身体から身体が抜け出て、抜け出たその身体が、自分の部屋の中を幽霊みたいに漂うんです。

ふむ。

その状態になると、
空も飛べるし、
壁もすり抜けられるんです。

最初はこれは夢なのか? 
と少々疑いましたが、
こんなこと現実に起こるはずがないですし、ああ、やっぱりこれは夢なんだな、と。

それで、
あなたはその状態で、
会いに行くわけですね? 

片想いの彼女に。

ええ、窓や天井をすり抜けて、夜の街を彼女の家まで飛んでいくんです。

彼女は僕の家から大体車で15分程度のところに住んでいるので、飛んでいけば5分とかからず着ける距離なんです。

それなのに、
そこにたどり着けない、と。
そういうわけですね? 

会いたくても
会えない
というのは。

はい。
帳の下りた真っ暗な夜を渡って、彼女の家まで必死に飛んで行こうとするんです。

でも、
どうしても辿り着けない。

景色が堂々巡りに繰り返し、
行けども行けども彼女の家は近づいてこない。

今日こそは、今日こそは……

そうやって
もう5年が経ちました。

5年間……

毎晩ですか?

はい、ほぼ毎晩です。

なるほど、
あなたは強く望んでおられるのですね。
その彼女に会いたいと。

……

ですが、
それは適わない。

それでも積もり積もった想いが、毎夜あなたに彼女に会いに行く夢を見させているのです。


……あの、教主様。

リンゴレで結構ですよ。

リンゴレさん……
どうしてですか?

はい? 
どうして、とは?

どうして現実で
彼女に会いに行かないのか、

と僕に訊いてこないのです?

僕にここを紹介してくれた人にもこの話をしました。
そうしたら彼は、真っ先にそれを訊いてきた。

夢の中のあなたが、
彼女の元に辿り着けていないからです。

なぜ夢の中で
彼女に会えないのか?

それは、現実では決してあなたが彼女に会えない状況にあるからこそ、でしょう。

あなたにその質問をした人物は幾分思慮に欠けますね。
誰です、その人物は?

……差名山伴外です。

あの男でしたか。

あの男、
つまらないでしょう。

……えっ?

あ、いえいえ、
こちらの話です。
お気になさらずに。

……さて閑話休題。

あなたはそれでも
その彼女に会いたい、と。

そういうわけでしたよね?

……はい。
リンゴレさんが仰られた通り、僕は現実で彼女に会うことができません。
ですから、せめて夢の中だけでも会いたい。

会って、彼女と話がしたいのです。

あなたの見ている夢は、
広義には明晰夢、狭義には幽体離脱といいますね。

自分が今夢を見ている、と自認できる夢のことです。彼女に会いたい、という強い想いがあなたの意識となって、あなたは夜の世界に飛び出しているのですよ。

ちなみに、静寂幽鬼さんは
明晰夢をご存じで?

……いいえ。

なるほど、あなたはなかなか人間的でよろしいですね。
なぜあなたが知りもしない明晰夢、幽体離脱を体験することになったのか。

それは他ならぬ、あなたの欲求の強さが故にそうなったのですよ。

あなたは常に彼女のことを考え、狂おしいほど、彼女に会いたいと思っていた。

しかし現実においては、それが実現不可能な理由がある。

燻り昂ったあなたの想いは眠りに落ちた瞬間に、この雁字搦めのジレンマから離脱したのでしょう。


ですがそれでもね、現実世界における、彼女には絶対に会えない、というこの部分。

これが、夢でのあなたの行動を抑制し続けているわけです。

例の夢操術というものを使えるようになれば、夢が自在に操れるようになる。
そうなれば、彼女に会うことができるのでしょうか?

……その質問の答えは、
イエスであり
ノーでもありますね。

確かに、うちでは夢操術を修得した夢遣いになるための修行も行ってはいます。

リンゴレさんは完璧に使いこなせるのですか?

ええ、私は仮にも
夢神教の教主ですよ。

あなたのその片想いの彼女の写真でも見せていただければ、私の夢の中にそのまま登場させることも、可能です。

見せますか? 
私に、
その彼女の写真を。

……いえ、
遠慮しておきます。

はい、
それがよろしいでしょう。

ただですね、仮に私がその彼女を夢の中で創造したとしても……それは、ただの人形に過ぎないわけです。

人形? 

どういうことですか?

簡単なことです。

私は、その女性を知らない。
だからその女性を夢の中で
創造することができないのです。

しかしあなたとて、
それは同じではないでしょうか?

……え?

ではお尋ねしますが、
あなたは彼女の何を知っていますか?

何をって……

……何も、知りません。

少なくとも、
本質的なことは、何も。

でしょうね。

夢の中で彼女に会いに行けないもう一つの理由が、
それなのです。

とするならば、仮にあなたが夢繰術をマスターし、夢遣いになったとしても、創り出せるのは、彼女の姿形を模造した人形ですよ。

……

もちろん、
人形と言っても、
人間にすることはできます。

創造主であるあなたが、
その人形に自分の好む人格を植え付ければいいのですから。

でも、それは
もう彼女ではない。

そうでしょう?

……そうですね。

あなたの夢はですね、限界まで頑張ってくれているのです。

あなたは彼女に会いに行きたい。とても会いに行きたい。だから、毎晩会いに行かせてくれている。

だけど、
肝心の彼女には会えない。

なぜなら、あなたの中に彼女は存在していないからです。

彼女が何に対してどのような反応をする人間なのか。夢にはまるで想像がつかない。あなたが知らないのだから当然ですよね。

つまりあなたの夢は、
あなたに人形の彼女と会わせようとはしていない
のです。

……

それでもあなたがね。
人形でもいいから…。
自分の考えた人格が
植え付けられただけの、
人形でもいいから…。

それでもいいから彼女に会いたい、というのならね。私はあなたに夢操術を授けましょう。

いかがですか?

……それは、嫌です。

はい。

でも、
なら僕は
どうしたらいいんですか。
本当の彼女に夢で会うためには彼女のことを現実で知るしかない。

だけど、それは適わない。

あなたが迷い込んだ
この迷宮。

出口はありません。

さて、この出口とは
何を意味するのでしょう?

ええ、それは
幸せになることですね。
では幸せになるとは?

言わずもがな、
片想いの彼女と
結ばれること
ですね。

結ばれませんよね。
幸せになれませんよね。

だから、出口もないんです。

きっと他の何を手に入れてもあなたの心は満たされることはない。

なぜならいかなるオルタナティヴも、彼女の愛がそこにないという意味では、まったくもって同じだからです。


幸せを手に入れることだけが、人生の答えではないと私は考えます。

……どういうことです?

幸せを追いかける自分の姿を答えとしてみてはいかがですか。

もちろんそれは、満たされない、そして苦しい。そのような人生となっていくでしょう。

しかし、追い求めた先にある幸せではなく、その追い求める自身の姿を答えとして生きるのならば、それもまた人生の答えではないでしょうか?


そう……

生き様という名の。

生き様……

実と言うと
私もあなたと同じなのです。

想いの人と
相思相愛になれない人生。
これをいかにして歩むか。

思案投首、
暗中模索の日々でした。

結果私が出した答えは、
幻想の果てにある死。

私の飢え渇いた魂は
ひと呑みで幻想に喰われました。

私はある場所で、
最高の幻想を見て死ぬでしょう。

その幻想を見るためだけに、
今の私は生きているのです。

ああ、私は快楽の虜と
なってしまいました。

私の幻想。

それは、
片想いの人との
相思相愛の未来。

決して
現実で叶うことのない、
泡沫の夢。

あの夢をあの場所で見た時、私の答えは決まってしまいました。

……

恋とは、
単なる欲望です。

ただ、
とても力の出るもの……。

それ故に神聖視されることが多いだけで、そもそもの原初は単なる欲望なのです。

火が灯らなければ燃え上がる炎には成り得ない。恋を神格化させるのは、それが実った時だけで結構なのです。

私は最近になって、ようやくそれに気付くことができた。

追う恋は自分の中で神懸かりますが、追われる恋なんてただのストーカーでしょう。

同じ恋なのに。扱いは天と地ほどにも違う。

これは、欲望をぶつける様と、ぶつけられる様をそのまま表しているのですね。

私は想いの人を快楽の対象としてしまいました。

まさに、恋という名の欲望をそのまま実践してしまったのです。

……

あなたはこれからも毎晩彼女に会いに行くといい。

そして彼女に会えないという事実ではなく、会いに行き続けているという事実を見つめ、それをそのまま愛してみるのです。

それは彼女に愛されなかったあなたに許された、唯一可能な愛であり、私は人生ひとつ賭けるに値するものだと思いますよ。

……好きな人を、
死ぬまで想い続ける人生

というやつですか。


この話、無闇やたらと
他人に話したことはないです。

ないですが、
言えばきっと、
素敵だと言われるでしょう。



どうしてこんなものが、
素敵なのでしょう?
  
こんなもののどこが、
素敵なのでしょう? 

これの一体どこに、
素敵だと言える部分が
あるのでしょう?





こんなもの、
ただ、何もないが
繰り返されるだけ

なのに。




恋が芽生えた瞬間から、
死んで魂が朽ち果てるまで、
一生、自分とだけ対話し続けて終わるんです。

相手の幸せを
思いやる心ですね。

幸せを思いやる心?

はい。
好きな相手の
幸せを思いやる。
幸せを願う。

……あなたの恋には、
それがありますか?

……

ありませんよね。

あなたにとって、
彼女は、自分を幸せにしてくれる相手、であって、幸せになってもらいたい相手、ではない。

もちろん、幸せにしてあげたい相手、ではあるしょう。

でもそれは、
あなたが、です。

他の男によって
幸せになる彼女の姿。

望めますか?

そんなもの、
望むどころか……

一生一人の女性を好きでいる、と聞いた相手は、そういうお綺麗な恋を思い浮かべるのです。

もしくは単に、自分がかつて通り過ぎた初恋の甘さを、あなたが永遠に持ち続けていると錯覚しているだけ。

いずれにせよ傾聴に値する所感であるとは思えませんね。

かと言って、彼女が誰かと結ばれることを、許容し祝福する必要性はどこにもないのですよ。

それはあなたが望むあなたの姿ではないでしょう。

そういう意味で言うなら、
リンゴレさんが仰った、彼女に恋をし続ける様を生きる意味とし、それ自体を愛していくこともまた、
僕が望む
僕の姿ではない
のです。

それは、
魂が揺さぶられる
生き方ではない。


……いえ、きっと
その生き方は美しいと
言われるでしょう。

恐らくは、僕が想うその女性自身よりも、そういった生き方の方が遙かに美しい、そして素晴らしいとされるのでしょう。なぜならこの生き方は、恋を生きているのではなく、恋をしているという事実に基づいた信念を生きているからです。



……ええ、
その通りでしたね。

私もあなたに都合の良い理想を押しつけようとしていたのかもしれません。私はあなたに信念に生きろと説きながら、自分自身は恋に生きようとしていた。

そして夢神教の教えにも背いていました。
夢神教の教義とは、現実で救われぬ人々を夢で救済することなのに。 

僕の場合、
どういった行動を取るか、
ではなく、
どう受け入れていくか、
だと思います。

もう僕はこれからも
彼女に会いに行く夢を
見続けるしかない

のですから。

……そうですね。
あなたが
あなたで在り続ける以上、
そうなるのが、
さだめでしょう。










さて、幽鬼さん。

もし宜しければ、
ここで夢を見ていきませんか?

……夢を?

はい。


さあさあ、どうぞ。
奥の部屋へ。













ここは……?

ここは夢見の間です。
こちらの薬を
お飲みになって下さい。


そう……


飲んだら横になって、
ゆっくり目を閉じて……



はい……

そのまま……

……











































……









……ああ。










……彼女がいる。










また







話しかけられない……










また
遠くからこうやって……









ただ









見つめているだけだ……


























おはようございます。





……





御気分はいかがですか?
あなたは
丸一日眠っておりました。





……彼女に

……会えました。

会えましたか、
それは良かった。

会わせてくれたのですか? 

……いえいえ、
私にそんな力は
ございません。

先ほど飲んで頂いた薬ですが、あれは一種の睡眠薬です。

そしてこちらの装置であなたの脳波を計測しておりました。


ご存じですか? 

眠りにはレム睡眠、ノンレム睡眠があり、人が夢を見るのはレム睡眠の時です。この2つの睡眠は90分周期で繰り返されますが、起きたときに覚えているのは、起きる直前の夢だけ。よって、あなたの脳波がとりわけ高ぶった時を狙ってあなたを覚醒させました。これで良い夢が見られる確率はぐっと上がるのです。

ただしそれが彼女の夢であったのは良き偶然でしたね。





……







……







……会えた。

はい、会えました。

会えるのです。
こういう形でなら。

彼女は
100%空想の
産物ではない。 

実在した人間です。

ならば、
あなたが創造できる範囲でなら、あなたの中に、彼女を息づかせることが可能なのです。

つまりあなたが知っている彼女に、あなたは夢で会えるのですよ。

夜を渡って、彼女に会いに行くようになる前……

普通の夢を見ている時、
彼女が夢に出てくるのは
年に数回でした。

同じような夢ばかりです。


僕は17歳の高校生で……

場所は大抵教室か、
もしくは学校のどこか。

そこでは授業だったり
行事だったり何らかが進行していて、彼女も僕もそれに参加している。

でも彼女との間には決して埋めることのない絶対的な距離がいつもあって、僕は遠巻きに彼女を意識しているだけなんです。

そして目覚めた後、切なさと侘びしさで胸がいっぱいになる。






……






でも、

会うことは、
できました。






なぜ夜を渡って彼女に会いに行っても会えなかったか?

それはあなたが彼女と話そうとしていたから、ですよね。

あなたの中の彼女は、
あなたと口を利けません。

なぜなら、
彼女が何を喋るか、
あなたが解らないから。



……だから、会えない。



でも、
遠くから
見つめていたい、
と。

それだけを願えば、
こうして会える
のです。

どうでしたか、
夢の中の彼女は。


……綺麗でした。

この世の何よりも。

すべてが色褪せて
価値がなくなるくらいに。

理屈や道徳や信念なんて
どうでもよくなるくらいに。

夢は心の贈り物です。


こちらから、何かを取りに行こうとしてはいけない。


私は夢操術が使えます。

ですが、使いません。

なぜなら、操れる夢には、
操れるだけの価値しかないのです。

言ってしまえば、
リアルな空想遊びで
しかない。

そこに、
本物はいない
のですから。

でも、
本物の彼女は
僕の頭の中には
いませんよね。

やっぱり現実にしか、
彼女はいないんです。





……





います。





……えっ?









現実の彼女と、
あなたが目にした彼女。

どちらも本物です。

あなたの中の彼女に
あなたが性格を与えてしまった時点で、それは偽者になるのです。






でもそれを
しない段階でなら……。






あなたと直接的な関係は何もないが、同じ教室で同じ時を過ごしていたという事実。

これ、本物ですよ。

友達との会話から拾えた
彼女の情報。


これも、本物ですよ。

授業中の発表、
委員会の取り決め、
体育の時間の活躍。


……なんでもいい。

あなたがその目で見た彼女は本物で、そのままあなたの脳内に刷り込まれている彼女は、

紛れもなく本物の彼女です。












……偽者なんかじゃない。













……ありがとう。



ありがとう、
リンゴレさん。

彼女はあなたの思考ではなく、記憶に棲んでいます。

夢は自分の魂を過去に連れていってくれる。

それは、明晰夢では絶対にできないこと。

海馬の奥底にしまい込まれている彼女の記憶こそが、彼女を創るのです。それは同時にその時のあなたの心も創ってくれるのです。あなたは夢の中で、17歳のあなたに会える。

17歳のあなたに会えたから、そのあなたが好きだった彼女に会えるのです。

記憶の奥底にしまい込まれた宝石箱を開けることができるのは、17歳のあなただけなんです。


僕の記憶に
棲んでいる彼女は、
永遠に僕の中にいる。






……だけどこれからも
僕は夜を渡るでしょう。





彼女に、
会いに行きたいから。











そしてたまには
普通にちゃんとした
夢を見ます。
















彼女に、会うために。

























APULU RINGORE



SIZIMA YUUKI







SNSフォローボタン

フォローする

シェアする




error: Content is protected !!