裏切り者の都















裏切り者の都
ようこそ、

差名山伴外。


ずいぶんと大層な名前が付いているが、一体どういう所なんだ、この場所は。

ここは裏切り者の都。

裏切り者だけが
住んでいる場所さ。


裏切り者だけが?

じゃあ、ここにいる誰のことを信じても、裏切られる、っていうわけか?

そういうわけだね。
そして、このオレもまた、
裏切り者の都の住人……

  







……こんにちは

あっ、こんにちは。

こないだは、どうもありがとうございます。また、連絡しますね。

それでは……

はい、また……







……

……今の子は?

ここで知り合った……
まぁ、


知り合いさ。


……

……?


どうした?


……あ、いや、


なんでもない。


あの子も、裏切り者の都の住人なわけか?

あの子は、
おまえのこと裏切るの?

裏切るね。

おまえも、
あの子のこと裏切るの?

裏切るね。

あの子は、おまえがそう思ってるって、知ってるの?

知ってるね。

もしかして、他の誰に対しても、ここじゃ同じ?

同じだね。

誰でも、誰かに対して、
そんな感じ?

そうでなければ、裏切り者の都の住人ではないからね。

ここの住人は
誰も与え合わない。

お互いに
奪い合って生きていくんだ。


死ぬまでね。

つまり、裏切り者の都、ってのは、他人を信じることができない人間の住む場所、なわけだ。

というよりね、他人を信じること自体を拒絶している人間が住む場所、なんだ。

どうして、信じることを拒絶してるわけ?






みんな、誰かに、
裏切られたから。






……

この裏切り者の都に住む人間はね。
誰もが心から信じた、または信じようとした誰かに、裏切られた過去を持つ者たちなんだよ。

だから、人を信じられないし、そもそも人を信じると言うことに、価値を見出せないんだ。

そういう人たちだから、誰かを裏切ることだって平然とできるし、そうすることが自然だとさえ思っている。

誰かに裏切られたからと言って、誰かを裏切ってもいいわけがないだろ?

それは、
理性の部分だね。

感情は違う。

裏切りによって、感情はズタズタにされてしまうんだ。

理性とは、感情があってこそ有用なもの。形骸化した感情に、理性は何ももたらさない。

私は傷つけられました、って不幸気取りか?

おまえは時々、
心ないことを言うね。

信じている人に裏切られたら、次にまた誰かを信じようとした時にその裏切られた記憶がフラッシュバックしてきて、歯止めが掛かるんだ。

『また信じようと
してるのか。
また裏切られて傷つくぞ』

って。
こうなると、素直に、
はい、あなたを信じます、
ってなれないの。

誰も信じないことで、最初から傷つく可能性を0にしてるわけだな。誰も信じなかったら、誰からも、裏切られることはないもんな。

そういうこと。

だけどそれって、
絶対幸せじゃないだろ?

まぁ、見るからに、どいつもこいつも、自分は不幸です、って顔して歩いてるもんな。

おまえを含めてさ。

でも、それでもあの裏切られたときの、失望感、喪失感、そして絶望感を再び味わいたくはないんだよ。

裏切りはね。

そいつの世界を完膚無きまでにで塗りつぶす行為だ。茫洋とした荒野に余すところなく闇が立ちこめている。


ちょうどそんな有様さ。

人生………


信じていた人に裏切られたら、それでもう終わりか?

人を信じられなくなったら、人生は、終わりだ。

そして、ここにいる誰もが、既にそういった形で人生を終わらせてしまっている。

気付けばいつも、誰かの不幸ばかりを願っているんだ。そういう腐りきった劣情に身を委ねつつも、自分自身に対する嫌悪感は何一つとしてない。なぜなら自分は裏切られた側の人間だから、そんな風になってしまっても仕方がないと思っているのさ。

ふうん……

でもさ。

ぶっちゃけさ、おまえも、ここにいる連中も、本心では、人を信じたいんだろ?

だけど、その心の中に生まれてしまった、裏切られてしまったが故の拒絶反応が、それを邪魔するってわけだよな?

そういう、
他人に終わらされた
人生? 

嫌じゃないの?

終わらせたのは、
他人じゃない。

自分自身だ。

誰かを信じる時に、
人生のひとつくらい、
賭ける
だろう?

そうじゃなきゃ、
それを『信じる』だなんてオレは言わないね。

それに、やっぱりこれって理屈じゃないんだよ。

理屈で考えれば、人を裏切るような奴を信じたこと自体が間違い。人を見る目を養い、自分を磨け。そして、本当に信じられる人を見つけて、幸せになれ。

こんな感じの考え方が、
正しいよな?

……

確かに、ただ幸せになろうとするなら、そういう考え方に切り替えるのが賢いんだろうよ。

でもさ。

そういう理屈で割り切れない部分って、あるんだ。

理性で賢くやっていこうとしても、感情がついてこない。

全力で誰かを信じようとすると、感情がそれをのっけから否定するわけ。

おまえもまた、幸せよりも他の何かを優先させるわけか?

と、いうと?

自分らしくない幸せよりも、自分らしい不幸を選んで生きようとする連中だよ。

いや、
そんなつもりはない。

オレが言いたいのは、裏切られたら感情が壊れて、人が信じられなくなる。

それは、理屈でどうこう言える問題じゃないよ、っていうことだ。

だが、それでもオレは理屈でものを考えるね。
なぜかって、おまえの主張はこれっぽっちも解決策を導き出そうとしていないじゃないか。

……

今さっき自分で言ってた、
幸せになるための考え方。

それでいいじゃねーか?
何がいけない?   

そんな奴を信じたことが間違い、と思うのなら、別の人間を信じればいいだけのことだ。

だが、何人信じても同じ結果が繰り返されるというのなら、裏切られる結果を招き続ける自分自身にも落ち度があり、解決策は、自分を磨け、人を見る目を養え、という具合になる。

そうなるとこの場合は、なるべくしてなっているわけであり、人を信じて上手く生きている人間が存在している以上、問題はそいつ自身にもあると認めざるを得ないわけであり、問題を認めれば、後はその問題を解決することによって、人を信じること、裏切られずに済むことは可能となる。

……

人が人に裏切られる過程には、いくつかのケースがある。

まず勝手に信じて勝手に裏切られたと思い込むケースだが、これは真っ先に除外する。

なぜなら、裏切りという行為が成されるためには、互いが信じ合っているという前提が必要になってくるからだ。

私はあなたを信じている。
あなたも私を信じている。

そういった確認が言質をもって取れてこそ、信頼という関係が成立し、その上でそれを反故にされた場合にのみ、裏切りが成されたと言えるわけだ。


では、
考察すべき1つめのケース。

信頼関係を結んだにも関わらず相手が、それを無下にするような人間だった場合。
この場合は、おまえが言うように心に傷が残るが、はっきり言って、そんな傷に囚われる必要性など全くない。実に非生産的な行為、いやむしろ徒労と言っていいね。
なぜなら、原因の全ては相手にあるわけだから、そんな相手を信じてしまったことが唯一のケアレスミスであり、そこは運が悪かったと思うしかない。

そして次こそは今回のことを、運が悪かっただけ、と断定するためにも、信じるに値する相手を選んで、その人物を信じていけばいい。



しかし、次に信じた相手にも
また裏切られてしまった。

こうなると、
2つめのケースへ進んでしまう。

……

裏切られた原因は、全て相手側にあるのか? 自分の中に改善すべき点があるのではないか?
このように考えていく必要性が出てくる。

裏切られる回数を重ねるほどに、その可能性は高くなっていき、単に運が悪かっただけ、という可能性は逆に低くなっていく。
そいつは運悪く裏切られたのではなく、裏切られるべくして裏切られていたことになるわけだ。

裏切られるのは不運もある。
だが、裏切られ続けるのは、紛れもなく自分自身が未熟な証拠だ。

相手がどんな人間なのか、見抜くことのできない未熟。信頼関係が壊れるくらい相手を失望させてしまう未熟。
この未熟さこそが結果として、裏切りを招くわけだ。

大層な御講釈だが、
的外れだな。

おまえは重要な部分を見落としているよ。

仮に何度も裏切られる羽目になる人物がいたとしよう。

だが、その原因が不運で裏切られた一回目の、その裏切り行為自体によって生まれた傷にあると、なぜ考えなかった?

オレが言っていることは、そういうことなんだがな。

裏切りによって、人生は変わる。最初の裏切りが原因で、裏切られ続ける体質になってしまうケースなんていくらでもあるだろうよ。

おまえや、
そしておまえが言う、
その裏切られたことによって裏切られ続ける体質になってしまうような連中は、「人を信じる」ということに、重きを置き過ぎているんだよな。

だからたった一度の裏切りで、一生モノの傷がついてしまうんだ。

良く言えば人に本気になりすぎで、悪く言えば人に依存しすぎている。

信じた人に裏切られたからって、信じた自分まで裏切ることはないだろ。

愚かなもんだな。

たったひとりでも、
それは愚かか?

……?

たったひとりだけ、
おまえが今言ったように、絶対にこの人は裏切らない、と信じたことが、


そんなに愚かか?


おまえの言うように、オレがある程度割り切っていれば、こんなに深く傷つくこともなかっただろう。

信じていた人に裏切られた、だけど、人生こういうこともあるよな、程度に考えていれば、裏切り者の都へ行き着くことも、またなかっただろう。




だがな。


そういう風に割り切れず、その人を信じる時に、人生丸ごと賭けたオレを、おまえは単純に愚かだと言えるのかよ?

……

この裏切り者の都には、
信じていた人に裏切られた者が辿り着くと、オレは言った。

だが、それは
正確な表現ではなかった。






ここはな。





人生を賭けてまでたったひとりの人を信じることが出来た者、そしてその先に、その人物から裏切りを受けた者。





そういう者が
辿り着く場所なんだ。

……そんな素晴らしい連中同士ならさ、裏切られた辛さが痛いほど解るだろうから、他人を裏切ろうとはしないんじゃないの?

そうなのかもな。

オレはそうじゃないね。

愛っていうものは、
愛されたから
愛していくものだと、
オレは思う。

無から愛が生まれないように、裏切りから愛は生まれない。





そして、オレが捧げた愛は、裏切りで返されて消えている。





残りの人生、人を裏切り続けることだけが、この身に刻み込まれた宿命なのさ。
























最初から、
何もなかった。














そしてそれが
オレの信じたものの、






すべてだ。




















































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