自分を貫き通した男

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金と欲で汚れ切ったこの世界でひとり。

自分を貫き通した男がいた。


















なんだよ、伴外……

オレを笑いにきたのか?

アンタを笑う?
まさか。
そんなことしない。

おもしれぇ。

結局、人生で得たものが、
おまえのその労いの台詞だけ、ってのが、笑える。

最高に笑えるねぇ。

金で汚れたこの世界で自分を貫き通して生きてきた……
  
そんなアンタの生き様を聞かせて欲しい。

そんなもの、
聞いてどうする?

1円にもなりゃしねぇぞ?

だからこそさ。

徹底的に銭にならない
アンタの生き様こそ、
逆に価値があると見る。

あるわけねぇだろ。

あったらなんで今、
オレはこんなザマなんだよ。

……


まぁいい。





どうせ時間は
腐るほどあるんだ。



話してやるから、
聞いていけよ。










……伴外、おまえよォ。

自分の書きたい作品と、
大衆ウケする作品の
どっちかしか書けねーってなったとき。



どっちを選ぶ?

……

その人はオレに言ったのさ。

成功したいのなら、くだらねぇプライドなんか捨てて素直に大衆ウケする作品を書くことに心血を注げ、ってね。



だがオレは
それをやらなかった。



大衆ウケする作品なんてクソ喰らえだ。例え一時的に成功するためとはいえ、そんなモン誰が書くか、ってんだ。



オレにとって作品は、
魂の咆哮なんだ。
   
金のためにやってるんじゃねぇんだよ。

……

オレは、あの時……
これがもっとも自分らしい、
と思う選択をした。

    
だが、その結果は
見ての通りだ。


日々、食うものに困り、
住む場所に困り、
挙げ句の果てに
生きる意味すら奪われた。

金のために魂は売らない。

あんたは、心からそう思い、
実に自分らしい選択をした。

そして、
現実こうなった。






笑えるよな。



あの時、素直に大衆に迎合されるモノを創り、もっとも自分らしいと思った選択肢を捨てて、卑しくも素直に、成功することだけを考えて、成功していればよかった!


……だけど、オレはその選択をしたアンタを嫌いになれない。


……今、オレには、
もうなにもない。

守り抜いたはずの自分らしさも、貧困の最中に消えてしまった。

オレは、ちっとも賢く生きてこようとしなかった。

そうしたくなくっても、
そうするべきだった。




挙げ句の果てに、今のオレが手に入れたものは、そう、おまえのつまらない労いの台詞、















ただそれだけだ。































それでもオレは、
夢を諦めては
いなかったよ。

だが、叶いもしない夢では腹は満たされない。

当座のことを考え、オレは日々の糧を得るための仕事に就いた。

好きでも嫌いでもない、ただモノを食うためだけの仕事だ。仕事は真面目にやったさ。人並みの成果も上げた。

……

そうしてしばらく経った頃、1つの事件が起こった。ある企画に関して、意見を出し合っていた際に、オレの意見と1人の上役の意見がぶつかったのさ。

その男はよくいる排他主義者で、他の社員はそれとなくその男に対して距離を取っていたが、オレはそういうことはしたくなかったんでね。その場でそいつと真っ向から衝突したよ。





それから、オレはそいつに目を付けられるようになった。何度も、こちらに非のないことで叱責を受けるようになった。

オレは自分の意見を出来る限り穏便に伝えつつも、それでも自分を抑えたよ。

この程度のこと、
と言い聞かせてね。

……

だがある時、明らかにこちらのミスをでっちあげたと解るやり方で、オレは奴に罵倒された。 その上で、奴はオレにこう言ったよ。

『おまえ喧嘩売ってんのか? おまえの態度がイライラするっていってんだろうが。知りません解りませんとか、ナメてんのかおまえ。いいかげんにしろよ、この嘘つき野郎』

この問題は、
有耶無耶にはできない。
オレの尊厳は、今、
確実に挫かれつつある。

これを、オレはこのまま
見過ごすことはできない。  

そう思ってオレは奴にハッキリ言い返した。
「この件に関して、こちらに非はありませんので、今、私を嘘つき呼ばわりしたことを、しっかりと私に対して謝ってください」
とね。

無論、それで素直に謝るような相手ではなかった。更にオレを罵倒し続けた奴に対し、オレはとうとう我慢の限界がきて、奴の襟首を掴んで、怒鳴り上げた。



ふざけるな、ってね。

……

オレは職場は去ることになったよ。

そいつは、上の人間に可愛がられるのが上手でよ。周りはオレの味方だったが、上層部はそいつの味方だった。

……






それから、また次の仕事を探した。正直なところ、年齢的にも随分と苦労したよ。




ちょうどその頃、
オレに恋人ができた。


よく笑う可愛い子で、
いつもオレを励ましてくれた。







ふと、その時オレは
自分の夢について考えた。

夢に向かっての努力を怠った日はない。だが、このまま夢を追い続けていいのだろうか?

自分には、今、大切な人がいる。この人のために、オレは安定した生活を手に入れることに全力を注ぐべきなんじゃないか、ってね。

その時、そうすることが、最も自分らしい判断だと思った。

……

オレはなんとか頑張って前の職場よりも、ずっと大きなところに入ったよ。








そして、
長い月日が流れた。








そこでの生活も、ほぼ順調、恋人ともずっと仲良くやっていた。









……だが、ある時、
こんな噂が流れた。
  

オレの居る部署に、悪評凄まじい上役が一人異動してくる、と。




嫌な予感がした。
それは的中したよ。

そいつは最低の野郎だった。

人間として、確実に腐っている野郎だった。

オレに的を絞ったわけではなかったが、いろいろと皮肉や嫌みを言われた。


だけど、我慢したね。

ああ、これは自分らしくはないかもしれないが、それでもそれよりも自分らしくあれることが、その時のオレにはあった。




それは、恋人の存在だ。



近々、一緒になる
話もしていた。

その幸せを思えば、そんな程度の痛み、なんともなかった。










あの夜の出来事が
起こるまでは。

……




その日は、部署の宴会があってね。オレと同僚の数人は、何時間もそのクソ上司に付き合って、何件も飲み屋を渡り歩いた。

べろべろに酔った奴は、その口から反吐が出るような卑下た言葉を吐き出し、その都度、オレはそれに適度に相槌を打っていたよ。




日付が変わり、宴会はお開きになった。店から外に出たオレは、目を疑ったよ。

恋人が、店までオレを迎えに来てくれてたんだ。

自分で帰れるから、と伝えておいたが、どうも心配だったらしい。

恋人は律儀に、わざわざ車から降りてきて、オレの同僚や、それからその上役にも挨拶をした。


その時、そいつはオレの恋人に向かってなんて言ったと思う?

……

奴は、丁寧におじきをする彼女を見下ろしながら、こう言った。









『これから帰って、そのクチビルで、コイツのこと楽しませんのか?』








ってね。






気が付けば、オレは奴を殴っていた。3発殴ったところで、オレは周りに取り押さえられた。

……

次の日、オレはそいつに訴えられて、捕まっちまった。

職も失い、前科もついた。

更には、その最低な糞野郎から慰謝料まで請求された。

プライドというか、何というか、自分自身がズタボロだった。






オレは、何よりも
自分自身の弱さを呪った。




恋人には、こちらから別れを切り出した。 もう、彼女を幸せにする自信がなかった。

……














抜け殻のような日々を過ごしていた。

しかし、金が尽きてきた。

オレは、また職を探したが、
それまでのこともあって、
もう、まともな立場での就職は無理だった。

……




いわゆる非正規というやつで入った、
新しい職場……

そこで、
オレはひとりの男に出会った。


その男は、オレよりもなんと、15も年下だった。


だが、オレを管理する、
オレの上役だったよ。

……

なんともねちっこい奴で、上の人間には犬のように尻尾を振るくせに、下の人間はまるで物のように扱うのさ。

オレは、たぶん、色々壊れて
色々曲がっていたんだろうな。

自分から
そいつに衝突したよ。






そいつは、
オレを『おまえ』呼ばわりしていた。

……

『おい、おまえ』
『おまえ、解ったのか?』
『おまえ、これやっとけよ』


オレには、
それが許せなかった。
そんな言葉遣いが、
赦せなかった。

何日かは耐えたが、
それでもまぁ、すぐにオレは
面と向かって文句を言ってしまったよ。

「職場の上下関係では、あなたが先輩ですが、私の方が年齢はだいぶ上なので、そこを少しは配慮してもらえますか」






そいつは切れたさ。






『……は?
いや、オイオイオイ。
オレがおまえに配慮なんてする必要ないだろ?

年上? 馬鹿か。
オレの方が立場が上だろが。

だいたい、おまえ、
オレに口答えとか馬鹿だろ。
自分の立場解ってんの? 
おまえ何様?

オレ、おまえの上司なのよ?
おまえの評価を上に報告してんのオレなのよ?

そのオレに意見することが
どういうことか解ってないだろ?

だいたい、
この歳で非正規雇用? 

ぷっ。

おまえその歳まで何してたの?

楽に生きてこようとしかしなかったんだろ? それで楽に生きられてるか? 生きられてないだろ?

おまえ、舐めてんだよ、
人生』

……

その時、
そいつの携帯が鳴った。

そいつは、
また話し始めたよ。

『あー、もしもし。
んー、どうだろ?
今日は9時過ぎになるかなぁ。

え? 
てか、ケースケどうしてる?

えっ!? 
うっそ! 歩いた?
歩いたの?

えーっ、マジかよ、よし、
オレ今日9時までに帰るよ。

おまえ、動画で送ってくんなよ? ケースケの初歩きは、直接この眼に焼き付けるんだから』

……

そいつは、家庭を持っていた。奥さんも、歩けるようになったばかりの、小さな子供もいたんだ。

電話を切ると、オレに向き直って、こう言った。

『あー、おまえまだいたんだっけ? 正直、おまえの相手なんかしてらんなくなったからさ。

あっ、ごめん、
おまえには縁のない世界だったなー。

結婚とか? 

子供とか? 

そういうの?


だって、
おまえ駄目じゃん。

その歳で目上の人間に対しての態度すらなってないし。
しかもその歳で非正規だし。   

ほんっと理解不能だね。
どうやって今まで生きてきたの?

この際だから言うけど、おまえってさぁ』


奴はまだ何か言うつもりだったのだろうが、オレの拳が、奴の言葉を止めた。

偶然、周りに人がいなかったからな。オレは奴の顔の形が変わるまで、殴り続けた。

……




今度は初犯じゃないからな。
長かったよ。

檻の中は。



















……いや、
随分と話したな。







ここまで来ると後は
今のオレまで一直線だった。










おかしいよな?














オレは自分を貫いてきたはずなのに。

どうしてこうなった?

……








なぁ、伴外。

オレは、いつも自分の中でラインを決めていたよ。

ラインを決めて、
生きてきた。

このラインを越えて、自分の尊厳を否定された場合、それを我慢することはしない、っていうラインをね。


そのラインがなければ、自分が自分じゃなくなっちまう。


いつも、そう思っていた。


だから、そのラインは、自分の尊厳であるそのラインは、絶対に守り通してきた。



だが、毎度毎度、オレを不幸にしていったのは、この、ラインだったんじゃないのか?

アンタは言った。

自分はもっと上手く生きるべきだった、と。


じゃあ、
その上手い生き方って、
どんな生き方だ?




言わせてもらおうか。
  





まず、最初の件は、アンタの言った通りだろうな。自分の書きたいものよりも、大衆ウケを狙ってとにかく何としても先に成功するべきだ。

もちろん大衆ウケを狙ったからといって成功するとは限らない。だが、自分の好きなことだけをひたすら書いていても、それが成功に繋がる可能性は、奇跡に等しい。

なぜなら、アンタが届けたい読者の目まで、それが届かないからだ。


自分の書きたいことは、成功してから書けばいい。そう考えるのが、賢いやり方だ。


ここが、最初の分岐点。






次は、1つめの職場。

そんなややこしい相手とは直接ぶつかることを避ける。アンタが意見を衝突させたから、標的になったんだ。

組織の中で、自分の立場が下の時に、そういうことをするのは賢くない。やがて自分の立場が上がり、社会的に相手に打ち勝てる。こういう状況を作った後に、改めてケンカすればいいのさ。

これが、次の分岐点。






そして、下劣で低俗な、これまた上役に自分の大切なものを傷つけられた時。 
   


ここは、我慢するべきだ。



理由はどうであれ、手を出したことによって、結果的にアンタは恋人を幸せにすることを自ら放棄してしまった。

高々、卑猥な言葉の一つや二つ、彼女にだって経験はあるだろ。傷つくことは傷つくかもしれないが、そんな小さな傷より、2人の大きな幸せを見るべきだった。

彼女が本当に好きなら、彼女の幸せを本当に願うのなら、こんな些細なことで全てぶち壊すなんてことはしないはずだ。

アンタは、結局彼女より、
自分のプライドが大切だった。

これが、3番目の分岐点。






最後のやつは、もう自分でも解っていたんだろうけど、ヤケになっていたな。

年下だろうがなんだろうが、先に入った奴が偉いのが組織というものだ。

それが気に喰わないのなら、仕事で成果を上げて、そいつよりも上の立場を手に入れるしかない。


だけど、アンタは、入ってすぐその年下の上司に不満をぶつけた。
これが、最後のミスだ。


組織にいる和解が不可能な人間とはできるだけ、関わらない。それでも関わる場合は、相手の気分を害さないようにし、極力、目を付けられないよう努める。

それでもなお関わりを強要される場合は、組織を抜けるか、必死に耐え抜いて、その組織内での立場を逆転させることによっての勝利を掴む。







……と、いうのが賢い生き方だが、アンタはそういう風に生きてきたかったのかい?

……そんな生き方は、
オレが心底毛嫌いしている生き方だ。

おまえが今挙げたやり方をどれか1つでもやった時点で、
オレの中のオレは、
死んだも同然だ。

だろうな。

アンタの話を聞いていて、
多分そうなんだろうと思ったよ。


オレは、そういうアンタの生き方、好きだけどね。

そのアンタが関わってきた糞みたいな連中はおろか、今オレが言った賢い生き方してる連中よりも、


アンタの生き方が、
ずっと好きだよ。





……はははは。





最初に言ったとおりだ。

結局、オレが手に入れたのは、おまえの労いの台詞だけじゃないか。

それに、おまえが好きなのは、オレの生き方であって、今のこのオレ自身じゃないんだろ?

……アンタは、立派に、自分らしく生きてきたと思うよ。
そういう生き方は嫌いじゃない。

だけど今の
オレは嫌いなんだろう!?

今のオレの姿は、
嫌いなんだろう!?





……







なぁ、伴外、
お願いだ、少し、
少しでいいから、
金をくれないか、

もう、オレは何日も
何も食べてないんだよ!

腹が減って、
死にそうなんだよ
お願いだ伴外!

……アンタはひとつ、
間違いを犯していた。

自分らしく生きることと、
幸せになれることは、

等号で結ばれてはいない。

自分らしく生きる、
ということは、
一般的な幸せの放棄へと繋がる可能性があるんだ。

自分らしさを貫いて生きるのならば、それを受け入れる必要があるんだ。








なぜなら、
世界と自分は、別物だから。




本当の才能。
本当の努力。
本当の価値。
そんなものを見出してくれる神様みたいな存在なんていやしない。





この世界は、
どこまでいっても、
自分と他人しかいないんだ。

アンタは、そのことをまるで解っていなかった。
そして、解らないまま、今、ここに至っている。





アンタの自分らしさには、
自分らしくあるが故に滅びていく、その覚悟がなかった。

……!?

お、おい、待て、
どこへ行く?





行くな、

金を、

食べ物をよこせ!!






食わなきゃ、






食わなきゃ死んじまうんだよぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!




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