消えた超サイヤ人伝説

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「……全く、恥さらしもいいとこだねぇ。
くだらないガキどもに因縁つけられて、
挙句の果てに
ケンカで刺されて死ぬなんてさ」



「本当、世間様の笑い者だよ。
いい歳して、何を考えてたんだか。
まともに仕事もしないで、
社会のクズに成り下がって、
クズみたいにくたばってからに……」



……









あの……

……はい?








あの、すみません。
もしかして、
差名山伴外さんですか?


……ええ、そうですけど。

あなたは?

私、桜川ななと
いいます。

彼の、
昔の知り合いで……

……

その、彼から私のこと、
聞いてませんか?

……ああ。




あなたが。

はい、聞いてますよ。

……よかった。


あの、伴外さんさえ良ければ、少し、お話をしたいのですが……

でも、ここじゃちょっと、
アレなので……

わかりました。
場所を変えましょう。






すみません、いきなり……

いえ、気にしないで下さい。

もともと、
友人もロクにいなかったので、彼……

仕事仲間とは、どこまでいっても表面上の付き合いみたいでしたし、辞めてからは、当然それっきりでしょうし、

彼から、他人の話を聞いたのって、あなたの事だけだったから。

そうですか。

それも、一度か二度、少し話してくれたきりだったんです。

そもそも彼は、自分のことあまり話さない人でしたし、その分、いつも私のことばかり気遣っていました。

あの人らしいですね。

今日も、来ようかどうか、いえ、来ていいものなのかどうか、迷ったんです。


でも、来て、
こうしてあなたに会えて、
良かった。

……

新聞を見て、
びっくりして……

涙が溢れて、
止まりませんでした。

そうして、自分がまだ、彼を好きでいることに、改めて気付いたんです。

そうですか。

あの時は、急に連絡が取れなくなって、電話してもメールしても、ぜんぜん反応がなくって、とにかく、急に目の前が真っ暗になって、呆然としていました。

……








『オレは、超サイヤ人には、
なれないのかもしれない』







……は?

あ、急にすみません。

今の、彼が昔、
私に言った台詞なんです。






たぶん、彼から聞いた、

たったひとつの愚痴。






それが、これなんです。

超サイヤ人、が……?

おかしいですよね。

ユーモアを交えて
言ったつもりだったんでしょう。

それくらい、彼の中では、笑えないことだったみたいですし、何よりも、深刻なことだったみたいです。

怒ることができない、
ってことですか?

……あ。
やっぱり、すごい。


彼が、言ってたんです。

伴外は、
そこそこ頭がいい、って。


彼が言うには、
頭がいいっていうのは、
知力に富んでいるタイプと、
思慮が深いタイプがいるみたいなんですけど、
  
伴外は、思慮はスッカラカンだけど、知力はそれなりに凄い、って。

辛辣ですね。


でも、頭がいいかどうかは別として、そんな感じです。

おかげで、ずいぶんと嫌われ者ですけど。

性格も、自分とは正反対だ、って。

そうですね。

あ、逸れちゃったけど、
さっきの話に戻りますね。


伴外さんの言ったように、
超サイヤ人、って
怒りをきっかけに目覚めるじゃないですか。

悟空だって、
クリリンが殺されて、だし、
悟飯も、超サイヤ人2? ですか?
アレになるときは、仲間が殺されたのをきっかけに……

つまり、悪い奴に、自分の大切なものを殺された時に、怒りで爆発して、真のパワーに目覚めて、それで悪い奴をやっつける、って感じですよね。

それって、
あの人が話してくれたんですか?

いえ、
私が勝手に考えたんです。

彼が言ったのは、その、
オレは、超サイヤ人には、
なれないのかもしれない。

っていうその言葉だけで、
妙にしんみりして言うから、
何なのかと思っちゃって。

普段、全然、というか、一度も弱音なんて吐いたことない人だったし、甘えられたり、縋られたりしたことも、一度もなかったから、その時に彼が見せた、弱々しい表情が、ずっと印象に残ってたんです。



思えばあれが、彼が私に訴えかけようとしたメッセージだったのかもしれない。


ドラゴンボールって、
すごく有名じゃないですか。
だから、女の私にも解ると思って、彼は言ったんだと、思います。

大切な人が、
目の前で悪い奴に傷つけられても、自分は怒ってそいつをやっつけられないかもしれない。
  
そう、あなたに伝えたかったのかもしれませんね。

……私はよく、
分からないんです。

腑に落ちない、というか。



最低ですよね、私。

彼が、たったひとつ見せてくれた弱音さえ、
理解しきれない。
    
だから、あんなことになってしまって……

それは違いますね。

あの時、あの人が守りたかったものは、
あなたではなく、自分自身の尊厳でした。

ですので、
あなたが責任を感じる必要はない。

……




悩んでいたのでは、
ないでしょうか。




……悩んでいた?

自分は、自分の大切な人が、もし、目の前に傷つけられた時、本当に怒ることができるのだろうか。

それが、絶対に逆らってはいけないような相手だったとしても、自分は、怒ることができるのだろうか。

……それが、
よく解らないんです。

その部分。




もちろん、大切な人が傷つけられたら、っていうのは
私にも理解できます。

でもなにも、
あそこまですること、
なかったんじゃないか、
って。




それは、相手が可哀想とか、
そういう意味じゃなくて、
そんなことの為に、
人生を棒に振ってしまうなんて……


……

……


男にしか理解できない
男の感覚、

女にしか理解できない
女の感覚、

ってあるじゃないですか。

……え?

この場合の、こういう部分って、男性特有の感覚だと思うんです。

もちろん、個人差もありますし、加えて今の時代、そういった嫌いのない男性すら増えてきていることも恐らくは否めませんが、

あの人は、とにかく、

良い意味でも悪い意味でも、
非常に男らしい考え方をして生きていたんだと、
オレは思いますよ。

その、男性特有の、って、
どんな感じなんですか?

早い話、見栄っ張り……
というのが解りやすいでしょうか。

女性の前では、
見栄を張りたい。
女性の前では、
他の男性に負けたくない。

負けて惨めな自分の姿を見せたくない。

こういった傾向は、
女性にはあまり見受けられませんが、男性の根底には深く根付いているのです。




更にこれが、
自分の特別な女性なら。

そして、
自分の大切な女性なら。

その気持ちは、
もっと強くなります。

……

そして、もうひとつ。

これは、単純に、
価値の問題です。

価値?

あの人が抱いていた、
あなたに対する価値と、
その男に対する価値。




天と地ほどの差があったのではないでしょうか。




ゴミのような存在の男に、
世界でいちばん大切に思っている女性を
詰られ、傷つけられた。




許されることでは、
なかったのでしょう。




我慢できるようなことでは、なかったのでしょう。

……そうですか。

そこに気づけなかった私は、
恋人失格ですね。

いいえ、ですから、
そういった斟酌のある女性は、普通はいません。


あの人も、そこのところは、承知の上でやったことでしょう。

身勝手で……独善的な、
自己満足みたいなものです。







でも、大切なもの、
なんでしょう?






さて、どうでしょうね。








……まあ、とにかく、
あの人は悩んだんでしょう。

自分は、
圧倒的に強い力……

今の世の中だと、
大抵は権力のことですよね。

そういったものに、
自分の大切な人を傷つけられた時、本当に怒ることができるのだろうか。





……そして悩んだ末、
ああいった行動を取った。

それって、
正しかったのでしょうか?

間違った中で、正しいか間違いかを問うのは、不毛で無意味だと思うんです。

あの時は、そもそも状況自体が間違っていたのですから。

そこでいかなる行動を取ったとしても、正しいとは言えません。

……状況が間違っていた?

そうです。

世の中は、間違えた状況の下に、成り立ちすぎています。

その間違えた状況の下で、
間違えたなりの
真実が生まれ、
間違えたなりの
真理が生まれ、
間違えたなりの
悟りが生まれ、
間違えたなりの
正義が生まれる。

そして、その間違えた状況の下で見つけられた答えを基調として、更なる間違えた状況が生まれていく。

すでに間違えている状態では、正しいものは何もなく、全ては最初から間違えた答えでしかない。

例の男があなたに下劣な言葉を浴びせかけた時点で、
すでにそこは、
間違えてしまったのです。

……

それでも、そういった間違えている状況、って大小関わらず、生きていれば何度でも出くわすんですよね。

それで、その時には、
選択をしなければいけないのです。






あの人が選択した行動は、
世間的に言えば、駄目でした。

社会人としては、
失格でした。







ただ、自分を抑えられなかった、というのではないと思います。






きっと、決めていたのではないでしょうか。

決めていた?

あの人は、最後に会った時、自分はラインを引いて生きてきた、と言っていました。

そのラインを越えてまで、
不当なことに対しての我慢はしない、と。



そのラインが、
あなたが傷つけられること、だったのではないでしょうか。




あの時、例の上司はあなたに汚い言葉を投げつけた。


それは、彼にとっての
ラインを越えた行為だったのです。





だから、
許せなかった。





それを許してまで、
その後の人生を、
生きたくはなかった。













いや……

生きることが、
できなかったのでしょう。



























……どうでも
よかったのに。

















……







あの男、
嫌な奴だった。




こんな奴と毎日一緒に働かなきゃいけない彼は、本当に大変だな、って思った。



















でも、



でも、



だからこそ、



こんな奴に、



こんなどうでもいい奴に、



私たちの運命なんて
変えられたくなかった。




あんな風に言われて、頭を殴られたような衝撃だったけど、でも、それでも、
私は平気。



我慢できた。


あんな痛みより、彼と離れることになった痛みの方が、
ずっと大きかったのに!

……そんな彼だったからこそ、離れる痛みが大きかったのかもしれませんね。

私にはそんな風に見せてないつもりでも、すごく不器用な人だった……





生き方も何もかも、
すごく不器用な人だった……









でも、嘘も適当もなくて、
本当に好きだった……

あなたと話してみて、
オレも解ってきました。

あの人が言った、
『オレは超サイヤ人にはなれないかもしれない』
は、怒ることができないだろう、ではなく、

怒ってもその悪を打ち倒すことができないだろう、
だったのでしょうね。

    



ああいった状況になった場合、ああいった行動を取ることは、最初から決めていたのだと思います。


    



あの人が覚悟を決めたのは、
あなたが汚い言葉を浴びせかけられた時ではなく、

きっと、あなたが例の男と鉢合わせてしまった瞬間……




だったのでしょう。



    



……


    




少し、手向けの言葉を
述べてもよろしいでしょうか。

えっ? 
    







……あ、はい。

……世の中、間違っている人間のせいで悩み苦しむ、
まともな人間が多いんです。


こんなことをいうと、おまえはまともな人間なのか、そんな線どこで引くんだ、と非難されそうですけど、

    




例え酔っていたとはいえ、初対面の女性にああいうことを言う男を間違っている、と言えないのだとしたら、






    

そして、それに対して怒ったあなたの恋人を、おまえは間違ったことをした、と言えてしまえるのだとしたら、





    










それは世界の終わり
ではないでしょうか。







……






……









……ありがとう。







……











ありがとう、
差名山伴外さん。


















あの、
彼と映っている写真。
よかったら、
もらって頂けませんか?


全部処分しようとしたけど、
どうしてもこの一枚だけは、
捨てられなくて……




なんだか押しつけるみたいで、本当に申し訳ないのですが、伴外さん以外に、他に、思い付かなくって……

いいですよ、
受け取りましょう。

ありがとうございます。
本当に、
ありがとうございます。

じゃあ、これ……

……




ふふ、今見ても、
笑っちゃう。



私も、彼も、
本当に、幸せそうに
笑ってるから……

……いいんですか?
オレがもらっても。

はい。
もらってください。



袂に置いておくのは、
辛すぎるんです。




どうか、お願いします。

わかりました。




……では、これで。






もう、たぶんお会いすることもないと思いますが、



伴外さんも、
どうかお元気で……































……























































……弱いって残酷だな、
塩原さん。















































































本記事及び前記事
ゲストキャラのアイコン、及びイラストは
Monoさんに依頼をして書いて頂きました。
フリー素材ではありません。

Monoさんの紹介はこちら。





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