余命2カ月の人に会う

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親と一緒に、
ガンで入院している親戚の見舞いに行きました。
 
この人は、1ヶ月前に余命2ヶ月を医師から宣告されています。正確には、家族に宣告されているのであって、本人はそのことを知りません。
 
こういった場合は、先に家族に知らされ、
本人に知らせるかどうかは家族の判断に任されるようです。
 
その人の歳は60歳と少し。まだ若いですよね。
2年前に、末期ガンが発覚。
がん検診は毎年行っていました。
それでも発覚する1年前の検診では何の異常もなかったところに出来たガンが、たった1年で手遅れになるまで進行していたのです。
 
ちゃんとガンに備えて、1年に1回、毎年かかさずガン検診に行っていたのに。
 
 
 
私は親戚であるが故、その人のことは小さいときから知っていますし、表面上でしか知りはしませんが、少なくとも悪い印象を持ったことは一度もないです。
 
いつもどちらかといえば明るく朗らかで、柔和という言葉が似つかわしく、そして他人をよく気にかける感じの人でした(深くは付き合っていないので表面上のことですが、表面上の関わりだけで既に嫌な人間も多くいますので)。
なので、親に着いてこいと言われたわけではないのですが、私は自主的にその人の見舞いに行こうと思ったんです(多分、親戚の中で私が自分から見舞いに行こうだなんて思う人はそんなにいません)。
 
今回の見舞いが、
私が最後にその人と会う時になるわけで。
もう、これを書いている今の段階で、もうその人とは生きているうちに会うことはないわけで。
 
だから、会っておこうと思ったんです。
 

 

何度行っても病院という場所は好きになれない

 
病院に着き、その人のいる病室に向かいながら、私は少しばかりの不安を感じていました。
私がその人を見たのはもうずいぶんと昔になります。
なので私にはその人が元気な頃の印象しかないんですね。加えてこれは親からの伝聞なんですが、精神的にも非常に危うい状態にあると聞いていました。
 
 
病室で会ったその人は、見違えるほどに窶れていました。面影はあるのですが、逆を言えば面影があるくらい。
その人は私に向かって「~君が来てくれた。嬉しい。大きくなったね」と言いました。
私はもう32歳なので実に年齢にそぐわない言葉ではありましたが、人の印象というのは自分が最後に見たあたりで止まっているものですし、この人ともちょくちょくは顔を合わせてはいたのですが、それでもそれは数年に一度くらいで、いえ、その人が現在置かれている精神状態を思えば(思うことなんて出来ないのだけれども)、そんなことはどうでもよかったのです。
その後に、今日は仕事は休み? と言われ、私は少し答えに詰まりましたが、はい、と応えました。
それももう、その場にあってはどうでもいいことでした。
 
数年に一度会うか会わないか、会っても社交辞令の挨拶程度である関係のその人に、そして余命2カ月の宣告をされている(正確にはもう2ヶ月もないであろう)その人に、私がかける言葉は何もありませんでしたし、かけられる言葉もなかったと思います。
 
もちろんそれは私だけではなく、親も同じで、その人に対しては当たり障りのない言葉しか発していませんでした。
もっというと、そんな状態の人に適切な言葉をかけられる人っていないのかもしれません。
何が適切かも解らないわけですし。
 

 
ただ、私はその人を見て、
痛烈に感じたことがありました。
 
もう、ああいうところに行き着いてしまえば、
そこから人生の意味を見い出すことは不可能ではないのか、と。
 
つまり、人生に意味を持つなら、
ああいう状態になる、前、に何かを成さなければならないのではないか、と。
 

 
その後、待合室で少し座っていたのですが。
私が座っていたすぐ後ろの席で、頭に包帯を巻いた老婆が新聞を読んでいたんですよ。
ええ、病院の入院患者ですね。
私は、老婆に背を向けて、テレビを見ていたんです。
すると、老婆が時折言うんですよ。
 
 
 
 
 
 
痛い、と。
 
 
 
 
 
 
うめくように言うんですよ。
 
 
 
 
 
痛い、と。
 
 
 
 
 
何度も何度も。
 
 
 
 
やりきれないですよね。
どうすることもできない。
いや、もっと率直にその時の私の気持ちを表すのなら、その老婆の心配云々ではなく、
そんな苦しみがこの世に存在しているのが嫌で嫌で仕方が無かった。
 

 
この病院という場所の何が嫌なのか、というと、
ここにいると、自分自身の最後を連想してしまうんです。
 
いずれ自分もこの場所に閉じ込められて、苦しみながら日々を過ごして、苦しみながら最後を迎えるんだ、と(私が高齢者になる頃には、一般市民は今のような医療行為を受けることすら難しい時代になっているのかもしれませんが)。
 
 
 
帰りの車で、親も病院に行くと気が滅入ると愚痴をこぼしていました。
私や私の親だけではなく、多くの方がそういった感覚を味わったことがあると思います。
 
でもみんなね、自分自身がその状況に置かれるまで、そんなこと気にしないで生きるんですよ。
 
私もこうやって病院で余命2ヶ月の人に接してそういった感情に一時的に囚われることがあっても、すぐまたそれとはほど遠い現実の自分に戻るんです。
 
病院を出て帰りにスーパーにでも寄れば、そこにはいつも通りの日常がちゃんとあって、子連れの母親なんかが和気藹々と買い物してて、そこは底なしに平和で平穏で、そんな現実の中に身を置くとさっきまで感じていた不安なんてどっかいっちゃうんです。
これもほとんどの人がそうなると思うんですね。
 

 
えっ? 
 
忘れられるなら、それでいいじゃん……って?
 
そりゃ、日常的に苛まれるくらいなら忘れた方がマシですが……。
 
 
 
 
でも忘れるってことは、自分がその問題、その苦しみに直面するまでただ目を閉じているだけでしかない。
 
 
 
 
 
 
 
 
死には2つの苦しみがあります。
 
1つは死んだら自分の存在が消えてしまうという恐怖からくる苦しみ。
 
もう1つが、その死に実際に至るまでの苦しみ。
 
誰でも最後には
この2つの苦しみと向き合うことになる。
 
運良く楽に逝ける人もいますけれど、大抵の人は大小あれど、苦しみながら死ぬでしょう。
 
 
 
 
 
私は、その間近に迫った
死の苦しみと向き合った時に……
 
それまでの
自分の人生がモノを言うと思うんです。
 
 
 
 
 
自分が送ってきた人生に、満足している人。
後悔している人。
 
きっとこの両者では、
死の苦しみとそこからくる絶望を味わう度合いが、まったく違うのではないかと。
 
 
確かに肉体を蝕む苦痛に関しては、
変わらないでしょう。
でも精神を蝕む苦痛に関しては、
天地の差があると思うんです。
 
 
 
この両者では。
 
 
 
 
つまり、私が言いたいことは、そういった形で苦しみの終わりが来ることはほぼ確定しているんだから、それを踏まえて人生計画を行い、自分の人生を有意義に自分らしく幸せに生きるべきなんじゃないか、ということです。
 
そういう風に自分の人生を生きてこそ、最後に来る苦しみの終わりも受け入れられるんじゃないか、って。
 
 
 
 
 
 
オレの人生はいったい何だったんだ、
私の人生はいったい何だったんだ、
っていう人が迎える、人生最後の死の苦しみ、
って……
 
 
 
 
 
 
 
凄まじいものだと思います。
 

 
 
私の最終目的は、そこなんです。
 
 
単に平均寿命まで生きる、とか、老後の不安を解消、とか、そういうのを人生の目的にしちゃうと、仮にそれを成し遂げたとしても、人生を終える間際の病院のベッドの上で、断末魔の叫び声をあげることになると思うんです。息をする為だけには、生きたくない。
 
 
 
 
 
正直、もうあそこからではどうすることもできないし、あそこに至ってしまえば、あとはもう苦しみを伴った終わりしか残っていない。
 

 
 
 
自分の人生の目的を自分で決め、
それを自分の人生が終わるまでに成しえないと……
 
 
 
 
 
私も必ず『あの』終わりを迎えるんです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
(今回、黒字(赤字)強調は敢えてしませんでした。読みにくかったら申し訳ないです。
 尚、この出来事は半年以上前の話です)
 
PS.ガンの死に方、というサイト様に、末期ガンの症状が載っております。
  興味のある方は是非。

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