亡霊塔でみた夢

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あれは、亡霊塔でみた夢。
私の幻がみせた、幻。












伴外!

亡霊塔の無料宿泊チケットが当選したぞ!
それも、ペアで!

これはもう、
行くしかないだろ!
オレとおまえで!

ちょっとまて、
亡霊塔ってなんだ。

亡霊塔は、
山間の湖畔に佇む
高級ホテルさ。

その名の通り、外観は11階建ての塔になっていて、
英国式のデザインが余すところなく、あしらわれている。

宿泊料金は、
一泊50万ドルだ。

へ? 50万ドル?

法外な値段ではあるが、
それでも泊まりに来る客は後を絶たない。

それは何故か? 

その秘密は、亡霊塔でみる、夢にあるのさ。

50万ドルも払って、
夢を見に行くのかよ。

亡霊塔で眠ると、
必ず夢が見られる。

その夢は、本人ですら永遠に知ることの出来ない、
海馬の奥底にしまいこまれている、至福の幻。

亡霊塔は、
それをみせてくれるんだ。

つまり、
そいつが見ることの出来る、
最上級の夢が見られる、
ってわけか?

そう。
これは夢神教の教主として、是非とも一度、
体験しておかなければならないと思ってね。

おまえあの変な宗教、
まだ続けてるの。

夢はオレのすべてだよ、
伴外。
現実で救われない数奇な人間は、夢の中で救われるしかないんだ。

おまえに言っても、
わからんだろうがね。

50万ドルで見る夢か。
ふむ。





































【翌日、PM 5:00】




なぁ、
今チェックインした時、
フロントの人、妙なこと言ってたよな?

妙なこと、って?

部屋の窓には窓ガラスを填めておりません、って。
しかもオレら無料招待だから当然一番下の階に泊められそうなもんだろ?

でもさ、7階なんだぜ?
訊いてみたら、7階より下の階には客を泊めないらしいじゃないか。

まぁ、
ひとまず部屋に荷物置いてさ、湖畔を見に行こうよ。

……いいけど、絶対ホテルが見える範囲で行動しようぜ。


この霧の量は
尋常じゃないからな。








【PM 5:30】




どうなってやがるんだ、
この霧……。
対岸どころじゃない、十数メートル先ですら見えないぞ。
これじゃ、湖がどれほど大きいのかも予測がつかない。

夜は外出禁止だってさ。
湖の霧が、亡霊塔全体を覆いつくすらしいよ。

亡霊塔が魅せる夢の秘密は、この湖から発生する霧にあるんだってな。

そう言われてるね。
夜になると湖の霧が塔を襲い、それが窓から侵入してくる。
亡霊塔に霧が立ちこめて、
眠りし者に極上の夢を魅せてくれるのさ。

ああ、だから窓ガラスが填ってないのかな。
その、夢を見るための霧を部屋に招き入れるために。








【PM 10:00】




ちょっと早いけど、
もう寝ようぜ。
せっかくの夢を、オレは思う存分見てみたいよ。

……そうだな。
今のところ、霧が過剰演出なことを除けば至って普通のホテルだもんな。
これからみる夢の質に、
50万ドル分の価値が詰まってるわけだもんな。

おい……

……ん?

やばい、緊張してきた。
だってこれ、眠れなかったら50万ドル台無しだろ?
そう思ったら、ものすごいプレッシャーじゃねぇか。
壮絶にやばいぞ、絶対眠れない気がしてきた。

いいじゃん、
金払ってないんだし。
取りあえず、
ベッドに入ろうぜ。
寝ようとしなけりゃ、寝られるもんも寝られねーからさ。

……わかった。
朝、起きたら、どんな夢だったか報告しあおうな。




部屋に備え付けられていたのは、
全くなんの変哲もないベッドで、
夕方チェックインした後、
一度身体を横たえてみた時は
何も感じなかったのだが、
今まさに再び身体を横たえ、
軽く一息、そう、
たった一息ついた瞬間に、
身体が浮き上がるような、
それでいて背中はしっとりと
ベッドに吸い込まれていくような、
何とも言い表せぬ感覚に呑まれた。






今なら、あの湖畔の白い水槽にすら漂える。
そんな気さえした。


















































目が覚めたとき、
私はそれが夢であったことを、
理解できないでいた。

だが、それは夢でしかなかったのだ、
と頭が理解していくにつれ、
身体がひとりでに動き始めた。

あまりにも自然な所作で私は
開け放たれた窓の桟に手をかけ足をかけ、
身を乗り出す。

すぐに、万全の配慮をもって、
そこがそういった造りに
なっていることに気付いた。







ああ、この窓は、
飛び降りるため
用意されていたのだ。












山間から差し込む朝日が、痛いほど目に染みる。
それは並はずれて
美しい景勝であったにも関わらず、
今の私には
露ほどの価値ももたらしてはくれない。















私にはもう、
生きる意味がなかった。




あの夢を見ることができた幸福感と、
そしてそれは夢だったという喪失感。
この2つの事柄は、
私の命を終わらせるのに十分過ぎた。








亡霊塔でみた夢。




あれこそが、
私が生まれてきた意味、そのもの。



目覚めと共に、
私の生は終わりを告げたのだ。












私は、私を生きた。

















おい、やめろ!





ッ!?

いやだぁッ!!!!

離せぇっ!!!!
オレは死ぬんだぁッ!!!!

おまえが死ににきたのなら、オレは止めない!
だが、今のおまえは、この塔に殺されようとしている!




ここは、
自殺の塔なんだよ!

……!






窓から顔出して、
下を見てみろ。
生きてる側からすりゃ、地獄の光景が広がってるぜ。
オレが止めてなきゃ、おまえもああなってたわけだ。

……

そんなに夢は、甘かったか?
おまえほどの奴が、こんなに取り乱すとはな。

……オレほどの奴?

ふっ、ふっ。
性格や頭脳など、
関係ないね。

幸か不幸か。
この審判の前では、
ただ、
それだけがものを言う。

……

……伴外。
おまえ、眠らなかっただろ。

ああ、眠らなかった。
おまえがあっという間に眠りに就いたのを見て、

ふと思ったんだ。

不幸の底にいる人間が、自分が自分という存在でありうる中で、最も幸福な夢をみたとしたら……

そう考えたら、
恐ろしくてな。
一晩中、死に物狂いで睡魔と闘っていたよ。

案の定、
おまえは起きた途端に、
7階から飛び降りて
死のうとしやがった。

どうしてこんなにも
残酷なんだ。

あんなにも美しく、
そして素晴らしいことが存在するのに、オレの日常はこれほどまでに、空虚だ。

おまえはこう言うだろうな、伴外。
そこまで美しく素晴らしいものがあるということを知っただけでも、それは幸せじゃないか、と。

だが、そうではないよ。
絶対的な幸せがあるというのに、絶対的にそれには手が届かない。
そこに最高の色が満ちていることをただ知っているというだけで、自分の人生が終わっていく。

これ以上の不幸があるか。




会えたんだな、
おまえが言っていた、
あの人に。


そうだ、オレは会えた。

10年ぶりに、
オレに会えたんだ。

いや、違う、
生まれて初めて、
オレは、
オレに会えたんだよ。



……



オレはもう一度、
ここにくる。

50万ドル貯めて、
ここにくる。


そして、
もう一度あの夢をみて……




















死ぬんだ。




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