てのひらさま

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力強きは、正義なり。





















ここには色んな人がいて
楽しそうだな。

そうだな、
ここには色んな人がいるよ。

おまえも、ここで色んな人と
会っていったらいい。

オレが色々と
紹介してやるからさ。

































よう、弱者川。
この人は?

差名山伴外。
オレのダチだよ。

よろしく。

おぉ、伴外さん!
よろしく、よろしく!
いや、
今日は良い天気だったねぇ、
伴外さん

そうですね。

天気というのはまるで、
人の心のようだねぇ。

晴れれば明るくなり、
人は家から出てくる。
曇れば暗くなり、
そのうち雨が降り出せば、
人は家に閉じこもってしまう。

そうですね。

伴外さんはどう思う?

雨なら雨でいいと思いますが

その通り! 
晴れなければならないという強迫観念もまた、
心の雨を降らせるのだ!
難しいモンだねぇ。






お疲れ様でース!

ああ、やぁ、

あたし、こないだテレビで見たんですけどぉ、やっぱりお金って人の命より重いんですかねぇ?

え、なにそれ? 
普通逆じゃない?
なぁ、伴外。

一般的に言えば、
赤の他人の命より金は重い。
自分の命より金は軽い。
自分の身近な人の命なら、重い場合もあれば軽い場合もある。
金というものの性質は次のような解釈で言い表すことができる。
人間、人によっては自らの命より重いとするものがいくつかあり、それは、大切な人であったり、自分の生き様、信念であったりするが、金というものは決してこの、自分の命より重いもの、には成り得ない。

えー??
このひと、だれー??

ああ、差名山伴外。
オレの友達だよ。
こいつ、ちょっと、
変わってるんだ。

こんにちは、伴外さん。
確かに、
金のためなら死ねる、
なんて言葉ないですよねー。






弱者川、
こないだはありがとうな。
うちの娘、喜んでたぞ。
パパの友達が遊んでくれた、って。

いいえ、とんでもないです。
可愛いらしい娘さんでしたね。

女の子は可愛いんだよなぁ、父親からしてみれば、特に。
ついつい、甘やかしてしまっていかん。

……それはそうと、
こちらの方は?

私の友人の
差名山伴外です。

こんにちは

こんにちは
私は弱者川の上役をさせて頂いている者です。
今日はご見学に?

はい、そうですね。

そうですか。ごゆっくりしていって下さいね。
ここには、様々な人がいて、見応えがありますよ。






どうだ、伴外。
ここは、色んな人がいて、とても楽しいだろう。
みんないい人ばっかりだしな。

そんなに感じの悪い奴はいなさそうだな。
おまえがどんな所でいるのか興味があってきたけど、まぁ、良さそうじゃないか。












その時突如、
大地を引き裂くような
鳴動が響き渡った。











うおおおおっ!?
なんだ、この揺れ!?
地震か!?



てのひらさまだぁーッ!
てのひらさまが来られたぞぉーッ!!!

!?

てのひらさま! 
てのひらさまぁっ!
てのひらさまだぁッッ!

!??
どうした弱者川、
『てのひらさま』って
何だ?



てのひらさまぁ♪

てのひらさまぁ♪♪

てのひらさまぁ♪♪♪

てのひらさまぁ♪♪♪♪



!!?











彼らは皆一様に地にひれ伏すと、
天を仰ぎ、
何かに祈るように歌い始めた。














てのひらさまが、
おこしになった、
これはすべての一大事だ♪
みんな歌おう、
てのひらマーチを、
声高らかに歌おうよ♪

てのひらマーチを
歌えば幸せ、
共同作業で皆ひとつ♪
前に向かって共同作業だ、
みんなひとつになっちゃおう♪

晴れて曇天、曇って雨天、
てのひらマーチは最高だ♪
僕たち人生共同体だよ、
みんなひとつになっちゃおう♪

日々を謳うよ、
てのひらマーチだ、
みんなで成長、
みんなで幸せ、
この世の幸せまとめましょう♪

てのひらさまは、
お慶びである♪
一心同体みなひとつ♪
前に向かって、共同作業だ、
みんなひとつになっちゃおう♪












……おぉ! 揺れが! 
揺れがおさまってきたぞ!

てのひらさま! 
てのひらさま!
ありがとうございます!

てのひらさま、万歳! 
てのひらさま、万歳!

てのひらさまぁ、
てのひらさまぁ!!!

























……おい。

ああ、伴外か。
悪いな、驚かせちまって

なんなんだよ、今の揺れ。
それに、揺れ出した途端にここにいる全員が歌い始めた、
あの馬鹿馬鹿しい歌はなんだ?

てのひらマーチだよ。

てのひらマーチ!?

……おまえは部外者だからね。あんなことする必要もなかった。

だが、ここにいる人間ならば、ここで生かされている人間ならば、例えそいつがどんな人間であろうとも、てのひらさまがご来駕された時は、てのひらマーチを歌わなければならないんだ。

なんでそんなもの
歌わなきゃいけないんだよ?








あの時、な。
実は裏返ってたんだよ。








裏返ってた?

あの地鳴りはな。
てのひらさまが手のひらを返す動きだったんだよ。

おまえは部外者だから、何もしなくてもなんともならない。

だけど、オレを含めた、ここの人たちは違う。

オレたちはあの歌を歌うことで裏返しになった手のひらに吸い付く引力を、てのひらさまから与えられているんだ。

どういうことだ……!?

そうじゃないと落っこちてしまうんだよ。

この、
てのひら、からね。

……

ま、これもまた仕方のないことなんだ。
てのひらマーチを歌うことによって、オレたちはこうして、生きているんだから。












……オレの中のおまえは、
今死んだ。





……なんだと?


ここには色んな人間がいると思ったが、それはオレの見当違いだったようだ。

ここは、死人の巣窟だ。

どいつもこいつも、生きるために死んでやがる。

……お前の言いたいことは
解るよ。

だがな。

オレはてのひらさまが手のひらを返した時に、真っ逆様に落ちていった人間を何人も知っている。

あの行為に反発して、そう、てのひらさまに逆らって、てのひらマーチを歌わなかった連中をな。

……

みんな、守るもののために、てのひらマーチを歌うんだ。
守るもの……それは自分だったり、大切な人だったり。そのために必死になって、てのひらマーチを歌うんだよ。

自分守ってねぇじゃねぇか。
他人の手のひらの上で生かされているだけの、奴隷じゃねぇか。

いかに守るもののためだったとしても、あんなことをやらなければ居られないような場所、こっちから捨ててやれよ。

おまえらそうやって死ぬまで奴隷やってるつもりかよ。

おまえの言っていることは、
ただの理想論だ。


見ろ。









愛子、今日も終わったぞ!
お父さん、今からおまえの所に帰るからな!









……

あれが、
あの人が守っているものだ。

おまえが馬鹿馬鹿しいと言った歌を、あの人が歌わなかったら?

あの人だけでなく、
あの人の娘さんも死ぬことになるんだ。

だから、
あの人は解っている。
馬鹿馬鹿しくとも、
これは正しいことなんだ、
って。

素晴らしいことなんだ、
って。
価値のあることなんだ、
って。

おまえはこれでも、
無価値だと言い張るのか?

無価値だね。

少なくとも、
人として生きようとはしていない。

なぁ、教えろよ。
おまえのその口先だけの理想論に救われた奴は、
今まで何人いた? 
一人もいやしねぇだろ?

救われるか救われないかはそいつの問題だ。
自分自身を貫いて生きていけるかどうかはそいつ次第……

あのな。

そういう奴がオレの目の前で
何人も落ちていったんだよ。

その何人も落ちていくような場所で、その守ったものたちに何を伝える?

自分に何を伝える? 

自分の大切な人に
何を伝える?

必死になってあの間抜けな歌を歌う自分の姿を、おまえは伝えられるのか?

……

人は間違う生き物だ。
だからこそ、理屈や道理の通らない場面が出てくる。

そして選ぶ。

屈従するか刃向かうか。

心の奥底では刃向かうことが正しいと分かっている。
   
なぜなら、間違った問題に直面しているからだ。
屈従することは、間違いを間違いのまま受け入れること。

そんな姿を正しいなんて言うのはやめろよ。素晴らしい、価値がある、なんて教え込むなよ。自分自身の妥協を、挫折を、不可視を、そんなものを美化するのはやめろ。

おまえがやっていることは、ただの処世だ。

処世の何が悪い!?

生きていくために、
みんな必死なんだろうが!



おまえもここの奴らも、
処世に洗脳されて自分を見失っている。

本当に自分を見失った時って
どういう時かわかるか?

自分で自分を見失っていることに、自分で気付けなくなった時だ。

そして見失ってることを、
正当化し始めた時だよ。

これはもう仕方ない、
そうなっているんだから
仕方がない。

そう弁解し始めた時だよ。

物事は仕方ないという言葉を使った時点で、本当に仕方のないものになってしまうんだ。

なにがなんでも弱音を吐くなとか、努力をし続けろとか言っているわけじゃない。

権力におもねり盲従していくことを仕方なしとし、それを【そうなってしまっているもの】と思い込むのをやめろといっているんだ。

だまれ、理想論者め。
おまえの正論には反吐が出る。

オレを憎もうが憎むまいが、好きにしろ。

だがな。
直に二次的、三次的な問題がいくつも生まれてくるぞ。
守っているはずの自分か、
もしくは守っているはずの大切なものから。

これだけ
狂ったことをしているんだ。
確実に、膿は出てくる。

そしてその膿の出てくる亀裂は、おまえが作っているんだ。




人の問題は複雑だ。
よくそう言われるし、実際複雑ではあるのだが、問題の根元自体は、ものすごく単純なものであること が多い。

それをねじ曲げて回避したりねじ曲げて処理したりしようとするから問題は当然の如くねじ曲がって複雑なものになっていく。
そうやって深化し、悪化した問題にはもう、完全な正答が存在しなくなる。

問題自体がねじ曲がっているからだ。

それを解決するには、もう、ねじ曲がった方法を用いるしかなくなる。

……おまえみたいに、何の責任も持たずに自分勝手に生きている奴と、オレや、ここにいる人たちを一緒にしてじゃねぇよ。

その責任というのは、おまえを縛るための鎖だ。
おまえを飼い慣らすためにとても都合の良い鎖だ。





誰に付けられた? 

てのひらさまだよ。
  

努力、責任、同調、
協同、幸福、奉仕。

そういった美辞麗句で自分を律するのは結構なことだ。
だが、他人に押しつけた時点で、それは害悪に変わる。

こうでなければならない、
こうあるべきだ。

という考え方こそがおしなべて害悪であり、いくら綺麗事を並び立てようとも、その本質は変えられないからだ。

……

……いいか、よく聞け。



おまえの問題の根元は、
てのひらさまにある。



おまえらのボスの『てのひらさま』は、権力をかさにかけて、王様ごっこがしたいんだよ。
自分の気に入らない奴は、にべもなく排除したいんだよ。
それだけなら、問題はまだ単純なんだ。



それをおまえが、これも仕方のないこと、ある意味正しいこと、なんて考え始めるから問題がややこしくなっていく。

更にそいつを受けた、おまえの大切なものはどうなる?

直面するのは、既に仕方なくなってしまっている、問題なんだ。

そうやって第三世代にまで進化した問題を抱え込むことになるんだぞ?



そうなったらもう、
手が着けられない。



……


……



……その人は、
てのひらさまに、
20年仕えてきた人だった。



その人がたった一度。



そう、たった一度だけ、
てのひらマーチを
歌わなかったんだ。


……?

あの人が何を思って、
あの時、てのひらマーチを歌わなかったのかは、解らない。
だけど、あの人は20年間歌い続けてきたてのひらマーチを、あの時だけ、なぜか歌おうとしなかったんだ……。


周りにいた俺たちは、途端に顔面蒼白になったよ。


だって、てのひらさまが考えた、てのひらマーチを拒否するなんてことが一体どういうことなのか、みんな骨身に染みて解っていたからだ。


オレは、すぐ横にいた。
あの人の身体が宙に浮き、空のかなたへと落ちていくのを、すぐ側で見ていた。

……

面倒見の良い人でね。
オレにも随分良くしてくれた。

だけど、オレはその時、
何もできなかった。

手を伸ばしてその人の腕を掴もうと思えば、掴めたんだ。

それなのにオレは、
虫けらのように手のひらから落ちていくその人を後目に、ただひたすら必死になって、てのひらマーチを歌い続けていた。


……





おまえ、

なんで
思い出させるんだよ……

せっかく忘れていたのに。
せっかく受け入れていたのに。

てのひらマーチを初めて聴いた時、そのあまりの滑稽さに開いた口が塞がらなかった。

笑い飛ばしてやろうかと思った。


だけど笑えなかった。


なぜかって、
今からオレもそれを歌わなきゃいけないからだ。

今からオレもこれを歌って生きていかなきゃいけないからだ。

こんな馬鹿馬鹿しい歌を、笑顔で溌剌と唱和している連中が狂って見えた。


だが、オレもすぐに狂った。


そのうち狂っていることすら忘れて、無我夢中で、てのひらマーチを歌い続けた。

歌いながら笑えるようになっていた。楽しめるようになっていた。

心が諦めたんだよ。これはもう、受け入れちまった方が楽なんだ、って。愉しまなきゃ、もうおかしくなっちまうんだ、って。

そういう風にオレの心は悟っちまったんだろうな? 
そういう風にオレは心に悟らせちまったんだろうな? 

オレは、
笑えるようになっていた。
そして、
本当に笑うということを、
忘れてしまった。
本当に笑っていないことすら、忘れてしまった。


でも、
仕方がないだろう? 

世の中は、そういう風になってしまっているんだから。

割り切って生きていくしか、道はないんだから。

オレが異常だと言っているのは、おまえのその割り切っているラインだよ。

集団の中、組織の中で生きていくためには、
ある程度割り切ること、ある程度譲歩することもまた、
必要な場合もあるだろう。

だが、おまえが割り切っているラインはどこにある?

歌うことをたった一度拒否したおまえの上役は、ただそれだけのことで弾き落とされた。

これがどういうことなのか、解っているのか?

おまえのいる状況に、割り切りのラインなんてもう、存在していないんだ。



唯一在るとすればそう、
それは諦観のラインだ。


そしてその諦観のラインを、おまえは遠の昔に踏み越えてしまっている。


おまえが立っている場所は、そういう位置なんだ。

ライン? 
何が、ラインだ!?

自分で決めた割り切りのラインを守ろうとして、最後は無様に野垂れ死んだ奴が、おまえの知り合いにもいただろうが!

自分を貫こうとして、自分のラインを決めて、 そのラインに殺されちまった男が、

いただろうが!

……

生きるか死ぬか、
じゃない。

生かされるか死ぬか、
なんだよ。

オレは生かされるか死ぬかで、生かされる方を取った。

そしてこれも、
またすぐに忘れる。

こんなことを思ってたんじゃ、一人前に生かされることすら、不可能なのだから。


























てのひらさま♪
























この作品は、私がかつて勤めていた会社の
忘年会で見た光景を元に作られました。


今もまだ、あそこでは
あの狂った宴が続けられているのだろう。





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