力強きは、正義なり。
楽しそうだな。
ここには色んな人がいるよ。
おまえも、ここで色んな人と
会っていったらいい。
オレが色々と
紹介してやるからさ。
この人は?
オレのダチだよ。
よろしく、よろしく!
いや、
今日は良い天気だったねぇ、
伴外さん
人の心のようだねぇ。
晴れれば明るくなり、
人は家から出てくる。
曇れば暗くなり、
そのうち雨が降り出せば、
人は家に閉じこもってしまう。
晴れなければならないという強迫観念もまた、
心の雨を降らせるのだ!
難しいモンだねぇ。
普通逆じゃない?
なぁ、伴外。
赤の他人の命より金は重い。
自分の命より金は軽い。
自分の身近な人の命なら、重い場合もあれば軽い場合もある。
金というものの性質は次のような解釈で言い表すことができる。
人間、人によっては自らの命より重いとするものがいくつかあり、それは、大切な人であったり、自分の生き様、信念であったりするが、金というものは決してこの、自分の命より重いもの、には成り得ない。
このひと、だれー??
オレの友達だよ。
こいつ、ちょっと、
変わってるんだ。
確かに、
金のためなら死ねる、
なんて言葉ないですよねー。
こないだはありがとうな。
うちの娘、喜んでたぞ。
パパの友達が遊んでくれた、って。
可愛いらしい娘さんでしたね。
ついつい、甘やかしてしまっていかん。
……それはそうと、
こちらの方は?
差名山伴外です。
私は弱者川の上役をさせて頂いている者です。
今日はご見学に?
ここには、様々な人がいて、見応えがありますよ。
ここは、色んな人がいて、とても楽しいだろう。
みんないい人ばっかりだしな。
おまえがどんな所でいるのか興味があってきたけど、まぁ、良さそうじゃないか。
その時突如、
大地を引き裂くような
鳴動が響き渡った。
なんだ、この揺れ!?
地震か!?
てのひらさまが来られたぞぉーッ!!!
てのひらさまぁっ!
てのひらさまだぁッッ!
どうした弱者川、
『てのひらさま』って
何だ?
彼らは皆一様に地にひれ伏すと、
天を仰ぎ、
何かに祈るように歌い始めた。
♪
おこしになった、
これはすべての一大事だ♪
みんな歌おう、
てのひらマーチを、
声高らかに歌おうよ♪
歌えば幸せ、
共同作業で皆ひとつ♪
前に向かって共同作業だ、
みんなひとつになっちゃおう♪
てのひらマーチは最高だ♪
僕たち人生共同体だよ、
みんなひとつになっちゃおう♪
てのひらマーチだ、
みんなで成長、
みんなで幸せ、
この世の幸せまとめましょう♪
お慶びである♪
一心同体みなひとつ♪
前に向かって、共同作業だ、
みんなひとつになっちゃおう♪
♪
揺れがおさまってきたぞ!
てのひらさま!
ありがとうございます!
てのひらさま、万歳!
てのひらさまぁ!!!
悪いな、驚かせちまって
それに、揺れ出した途端にここにいる全員が歌い始めた、
あの馬鹿馬鹿しい歌はなんだ?
だが、ここにいる人間ならば、ここで生かされている人間ならば、例えそいつがどんな人間であろうとも、てのひらさまがご来駕された時は、てのひらマーチを歌わなければならないんだ。
歌わなきゃいけないんだよ?
実は裏返ってたんだよ。
てのひらさまが手のひらを返す動きだったんだよ。
おまえは部外者だから、何もしなくてもなんともならない。
だけど、オレを含めた、ここの人たちは違う。
オレたちはあの歌を歌うことで裏返しになった手のひらに吸い付く引力を、てのひらさまから与えられているんだ。
この、
てのひら、からね。
てのひらマーチを歌うことによって、オレたちはこうして、生きているんだから。
今死んだ。
ここは、死人の巣窟だ。
どいつもこいつも、生きるために死んでやがる。
解るよ。
だがな。
オレはてのひらさまが手のひらを返した時に、真っ逆様に落ちていった人間を何人も知っている。
あの行為に反発して、そう、てのひらさまに逆らって、てのひらマーチを歌わなかった連中をな。
守るもの……それは自分だったり、大切な人だったり。そのために必死になって、てのひらマーチを歌うんだよ。
他人の手のひらの上で生かされているだけの、奴隷じゃねぇか。
いかに守るもののためだったとしても、あんなことをやらなければ居られないような場所、こっちから捨ててやれよ。
おまえらそうやって死ぬまで奴隷やってるつもりかよ。
ただの理想論だ。
見ろ。
お父さん、今からおまえの所に帰るからな!
あの人が守っているものだ。
おまえが馬鹿馬鹿しいと言った歌を、あの人が歌わなかったら?
あの人だけでなく、
あの人の娘さんも死ぬことになるんだ。
だから、
あの人は解っている。
馬鹿馬鹿しくとも、
これは正しいことなんだ、
って。
素晴らしいことなんだ、
って。
価値のあることなんだ、
って。
おまえはこれでも、
無価値だと言い張るのか?
少なくとも、
人として生きようとはしていない。
おまえのその口先だけの理想論に救われた奴は、
今まで何人いた?
一人もいやしねぇだろ?
自分自身を貫いて生きていけるかどうかはそいつ次第……
そういう奴がオレの目の前で
何人も落ちていったんだよ。
自分に何を伝える?
自分の大切な人に
何を伝える?
必死になってあの間抜けな歌を歌う自分の姿を、おまえは伝えられるのか?
だからこそ、理屈や道理の通らない場面が出てくる。
そして選ぶ。
屈従するか刃向かうか。
心の奥底では刃向かうことが正しいと分かっている。
なぜなら、間違った問題に直面しているからだ。
屈従することは、間違いを間違いのまま受け入れること。
そんな姿を正しいなんて言うのはやめろよ。素晴らしい、価値がある、なんて教え込むなよ。自分自身の妥協を、挫折を、不可視を、そんなものを美化するのはやめろ。
おまえがやっていることは、ただの処世だ。
生きていくために、
みんな必死なんだろうが!
処世に洗脳されて自分を見失っている。
本当に自分を見失った時って
どういう時かわかるか?
自分で自分を見失っていることに、自分で気付けなくなった時だ。
そして見失ってることを、
正当化し始めた時だよ。
これはもう仕方ない、
そうなっているんだから
仕方がない。
そう弁解し始めた時だよ。
物事は仕方ないという言葉を使った時点で、本当に仕方のないものになってしまうんだ。
なにがなんでも弱音を吐くなとか、努力をし続けろとか言っているわけじゃない。
権力におもねり盲従していくことを仕方なしとし、それを【そうなってしまっているもの】と思い込むのをやめろといっているんだ。
おまえの正論には反吐が出る。
だがな。
直に二次的、三次的な問題がいくつも生まれてくるぞ。
守っているはずの自分か、
もしくは守っているはずの大切なものから。
これだけ
狂ったことをしているんだ。
確実に、膿は出てくる。
そしてその膿の出てくる亀裂は、おまえが作っているんだ。
人の問題は複雑だ。
よくそう言われるし、実際複雑ではあるのだが、問題の根元自体は、ものすごく単純なものであること が多い。
それをねじ曲げて回避したりねじ曲げて処理したりしようとするから問題は当然の如くねじ曲がって複雑なものになっていく。
そうやって深化し、悪化した問題にはもう、完全な正答が存在しなくなる。
問題自体がねじ曲がっているからだ。
それを解決するには、もう、ねじ曲がった方法を用いるしかなくなる。
おまえを飼い慣らすためにとても都合の良い鎖だ。
誰に付けられた?
てのひらさまだよ。
努力、責任、同調、
協同、幸福、奉仕。
そういった美辞麗句で自分を律するのは結構なことだ。
だが、他人に押しつけた時点で、それは害悪に変わる。
こうでなければならない、
こうあるべきだ。
という考え方こそがおしなべて害悪であり、いくら綺麗事を並び立てようとも、その本質は変えられないからだ。
おまえの問題の根元は、
てのひらさまにある。
おまえらのボスの『てのひらさま』は、権力をかさにかけて、王様ごっこがしたいんだよ。
自分の気に入らない奴は、にべもなく排除したいんだよ。
それだけなら、問題はまだ単純なんだ。
それをおまえが、これも仕方のないこと、ある意味正しいこと、なんて考え始めるから問題がややこしくなっていく。
更にそいつを受けた、おまえの大切なものはどうなる?
直面するのは、既に仕方なくなってしまっている、問題なんだ。
そうやって第三世代にまで進化した問題を抱え込むことになるんだぞ?
そうなったらもう、
手が着けられない。
てのひらさまに、
20年仕えてきた人だった。
その人がたった一度。
そう、たった一度だけ、
てのひらマーチを
歌わなかったんだ。
あの時、てのひらマーチを歌わなかったのかは、解らない。
だけど、あの人は20年間歌い続けてきたてのひらマーチを、あの時だけ、なぜか歌おうとしなかったんだ……。
周りにいた俺たちは、途端に顔面蒼白になったよ。
だって、てのひらさまが考えた、てのひらマーチを拒否するなんてことが一体どういうことなのか、みんな骨身に染みて解っていたからだ。
オレは、すぐ横にいた。
あの人の身体が宙に浮き、空のかなたへと落ちていくのを、すぐ側で見ていた。
オレにも随分良くしてくれた。
だけど、オレはその時、
何もできなかった。
手を伸ばしてその人の腕を掴もうと思えば、掴めたんだ。
それなのにオレは、
虫けらのように手のひらから落ちていくその人を後目に、ただひたすら必死になって、てのひらマーチを歌い続けていた。
なんで
思い出させるんだよ……
せっかく忘れていたのに。
せっかく受け入れていたのに。
てのひらマーチを初めて聴いた時、そのあまりの滑稽さに開いた口が塞がらなかった。
笑い飛ばしてやろうかと思った。
だけど笑えなかった。
なぜかって、
今からオレもそれを歌わなきゃいけないからだ。
今からオレもこれを歌って生きていかなきゃいけないからだ。
こんな馬鹿馬鹿しい歌を、笑顔で溌剌と唱和している連中が狂って見えた。
だが、オレもすぐに狂った。
そのうち狂っていることすら忘れて、無我夢中で、てのひらマーチを歌い続けた。
歌いながら笑えるようになっていた。楽しめるようになっていた。
心が諦めたんだよ。これはもう、受け入れちまった方が楽なんだ、って。愉しまなきゃ、もうおかしくなっちまうんだ、って。
そういう風にオレの心は悟っちまったんだろうな?
そういう風にオレは心に悟らせちまったんだろうな?
オレは、
笑えるようになっていた。
そして、
本当に笑うということを、
忘れてしまった。
本当に笑っていないことすら、忘れてしまった。
でも、
仕方がないだろう?
世の中は、そういう風になってしまっているんだから。
割り切って生きていくしか、道はないんだから。
集団の中、組織の中で生きていくためには、
ある程度割り切ること、ある程度譲歩することもまた、
必要な場合もあるだろう。
だが、おまえが割り切っているラインはどこにある?
歌うことをたった一度拒否したおまえの上役は、ただそれだけのことで弾き落とされた。
これがどういうことなのか、解っているのか?
おまえのいる状況に、割り切りのラインなんてもう、存在していないんだ。
唯一在るとすればそう、
それは諦観のラインだ。
そしてその諦観のラインを、おまえは遠の昔に踏み越えてしまっている。
おまえが立っている場所は、そういう位置なんだ。
何が、ラインだ!?
自分で決めた割り切りのラインを守ろうとして、最後は無様に野垂れ死んだ奴が、おまえの知り合いにもいただろうが!
自分を貫こうとして、自分のラインを決めて、 そのラインに殺されちまった男が、
いただろうが!
じゃない。
生かされるか死ぬか、
なんだよ。
オレは生かされるか死ぬかで、生かされる方を取った。
そしてこれも、
またすぐに忘れる。
こんなことを思ってたんじゃ、一人前に生かされることすら、不可能なのだから。
この作品は、私がかつて勤めていた会社の
忘年会で見た光景を元に作られました。
今もまだ、あそこでは
あの狂った宴が続けられているのだろう。
てのひらさま
ここには色んな人がいて
そうだな、
よう、弱者川。
差名山伴外。
よろしく。
おぉ、伴外さん!
そうですね。
天気というのはまるで、
そうですね。
伴外さんはどう思う?
雨なら雨でいいと思いますが
その通り!
お疲れ様でース!
ああ、やぁ、
あたし、こないだテレビで見たんですけどぉ、やっぱりお金って人の命より重いんですかねぇ?
え、なにそれ?
一般的に言えば、
えー??
ああ、差名山伴外。
こんにちは、伴外さん。
弱者川、
いいえ、とんでもないです。
女の子は可愛いんだよなぁ、父親からしてみれば、特に。
私の友人の
こんにちは
こんにちは
はい、そうですね。
そうですか。ごゆっくりしていって下さいね。
どうだ、伴外。
そんなに感じの悪い奴はいなさそうだな。
うおおおおっ!?
てのひらさまだぁーッ!
!?
てのひらさま!
!??
てのひらさまぁ♪
てのひらさまぁ♪♪
てのひらさまぁ♪♪♪
てのひらさまぁ♪♪♪♪
!!?
てのひらさまが、
てのひらマーチを
晴れて曇天、曇って雨天、
日々を謳うよ、
てのひらさまは、
……おぉ! 揺れが!
てのひらさま!
てのひらさま、万歳!
てのひらさまぁ、
……おい。
ああ、伴外か。
なんなんだよ、今の揺れ。
てのひらマーチだよ。
てのひらマーチ!?
……おまえは部外者だからね。あんなことする必要もなかった。
なんでそんなもの
あの時、な。
裏返ってた?
あの地鳴りはな。
どういうことだ……!?
そうじゃないと落っこちてしまうんだよ。
……
ま、これもまた仕方のないことなんだ。
……オレの中のおまえは、
……なんだと?
ここには色んな人間がいると思ったが、それはオレの見当違いだったようだ。
……お前の言いたいことは
……
みんな、守るもののために、てのひらマーチを歌うんだ。
自分守ってねぇじゃねぇか。
おまえの言っていることは、
愛子、今日も終わったぞ!
……
あれが、
無価値だね。
なぁ、教えろよ。
救われるか救われないかはそいつの問題だ。
あのな。
その何人も落ちていくような場所で、その守ったものたちに何を伝える?
……
人は間違う生き物だ。
処世の何が悪い!?
おまえもここの奴らも、
だまれ、理想論者め。
オレを憎もうが憎むまいが、好きにしろ。
……おまえみたいに、何の責任も持たずに自分勝手に生きている奴と、オレや、ここにいる人たちを一緒にしてじゃねぇよ。
その責任というのは、おまえを縛るための鎖だ。
……
……いいか、よく聞け。
……
……
……その人は、
……?
あの人が何を思って、
……
面倒見の良い人でね。
……
おまえ、
オレが異常だと言っているのは、おまえのその割り切っているラインだよ。
ライン?
……
生きるか死ぬか、
てのひらさま♪