直前の自分の言動が『普通』だったのか、を確認してしまう癖がツライ

メンタルコラム
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10代の頃からね。
 
 
 
 
 
ずっとなんです、
この癖。

 
 
 
 

 
10代前半の頃から、私は自分が普通の人間ではない、という強い自覚がありました。これに関しては「そうなろう」「そうありたい」と思ったわけではなく、「そう気付かされてしまった」というのが正しく、「変わっている」というよりも「劣っている」と言った方がより正確だと思います。
 
 
 
 
そしてこの頃から私には、
自分の意思とは無関係
脊髄反射の如く現れる1つの癖がありました。
 
 

直前の言動に対して『普通』かどうかの確認行為をしてしまう

 
ですね。
これを無意識のうちにやっている。
 
やってしまっている。
 
 
やりながら、
あ、俺また確認してる、って
思考で気付く感じ
です。
 
 
 
 
 
別に、難しい課題を求められて、
とかじゃない
んだ……。
そもそも難しいことを要求されたら、
後から
 
アレで良かったんだろうか? 
 
って普通みんな不安になるよね? 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
そうじゃない。

 
 
 
 
そうじゃなく、
至って「普通」の言動。
 
 
 
 
 

Aさん「最近暑くなってきたなぁ、
 そろそろ半袖にするか?」
私「暑いですね、私もそろそろ半袖にしようかな、
 と思っています」

 
 
 
 
 
 
 
 
 
こんなん。
 
 
 
 
 
 
 
こんな程度のやつ。
 
 
 
 
こうゆー
いわゆる、「普通」を求められて
私が言動で対処した時に、
ほぼほぼ100%自動で発生するわけなんです。
 
パッシブスキルみたいにね。
コマンド要らない、みたいな。

 
 

今の言動は『普通』だったのか?

 
例えばね。
仕事で何か聞かれたり、何か要求されたときに、それに対して答えたり、動いたりと、私の言動が発生するじゃないですか??
 
 
 
その言動というのは、当然「普通」の言動をしなければならないわけですよね? それは「普通の人」が「普通」にやることですから。私もそれを社会人として「普通」にできて「普通」なわけなので。
 
 
 
 
「普通」じゃない、
ってことはアリエナイ
わけです。

 
 
 
 
でも、私自身、どう考えても「普通」じゃない。社会的な側面から見れば、明らかに「普通」よりも劣っている人間なわけで。


 
と、なると、それこそ素のままやってたら、「普通」じゃないわけなんですよ。「普通」達することができない。だから意識して常に「普通」になるように動いている。喋っている。
 
そうするとね。
 
自分の言動すべてが、
果たして「普通」だったのか? 
が気になるんですよね。

 
 
「普通」がどういうものかは、解ります。
しかし頭では解っていても、言動というね。リアルタイムで行われる事柄となると、頭で解っている「普通」がそのまま表現できないんですよね。
 
 
 
 
なので、果たして。
たった今、
リアルタイムで行われた、私の言動
 
 
 
 
 
 
 
「普通」だったのか?
 
 
 
 
と考えてしまう。

 
「普通」の言動を要求されている時っていうのは、私からしてみれば、いわば軽く頭がパニクってる時なわけですよ(普通を要求されるだけで、パニクります笑)。だから果たしてそのパニック状態で自分が「普通」の言動を出来ているのかどうか、ってのは解らない(そこまで考える余裕がない)。なので、になって、平静な思考が出来る状態になって、
 
 
 
 
 
果たして今の自分の言動は
「普通」だったのか?

 
と、いつも考えてしまうわけです。
 
 
 
 
 
 
 
 
パッシブスキルみたいに、自動発生する思考です^^;この「普通」だったのか? を考えてしまう思考は。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
や、
 
もう私、こんな感じで20年くらい生きてますね。もちろん、「普通」を求められる頻度や強度がハネ上がった社会人時代からこの傾向は相当強いものになりました。

仕事関連での言動では、毎回と言っても過言ではない。仕事だけではなく、家族内での会話や友人間でのコミュニケーションですら、まま発生しています。
 
 

『普通』に見られたいという欲求が、この衝動を引き起こす

 
という心理もあります。
 
 
 
 
 
まぁ私、どう考えても普通じゃないんで。
 
マー
 
こんなのがパッシブスキルになっている時点で普通じゃないわけですけど。。。
 
でもね、外からは見えないし解らないわけじゃないですか。私がこんなパッシブスキルを持っていることは。じゃあ、結局な話、自分が「普通」に見られるかどうかって私の言動を他人が見てどう思うか、ってとこでしょ?
 
つーことは、
如何に自分自身が劣化版人種であろうとも。
 
 
 
 
 
その言動さえ
 
 
 
 
 

普通に見られたら
普通の人間として見られる
んですよ。

 
 
 
 
 
 
で、私は普通に見られたいんです。
 
だからこそ、
毎回確認してしまう。

 
 
今の自分の言動は
「普通」だったのか??
と。
 
で、「普通」だったら(普通ではないんですけど、周りから見て普通に見えたら)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
安心できるんです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ああ、今このやり取りで、
 
自分は「普通」の人間でいられた、と。
 
この人には「普通」に見てもらえた、と。

 
 
 
 
 
 
 
流れはこうです。
 

言動が求められる。
↓↓↓↓↓↓
今の言動が普通だったのか? という思考が自動発生する。
↓↓↓↓↓↓
普通だ、と認識することで安心する。
もしくは、普通の言動が取れたことに安心する。

 
という流れですね。
 
 
 
 
 
 
 
考えすぎ、とか
気にしすぎ、とかそういう段階の話じゃない……
けど普通の人から見たらこう↑見えるはず。
でも意識してやってないんだ。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
いやー
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「普通」じゃないよね、これ。

 
 

正直この癖、嫌……

 
そう、
イヤなんですよ。
 
 
 
 
 
自動で発動しやがるから、どうしようもないんですが、これが発生している時間自体、ムダだと思っているので止めたい。
 
 
 
 
でも、止められない
(発生が止まらない)。

 
 
 
 
 
今の言動は、普通の価値観からして、
じゃなかったよな???
 
って考えている
時点
でいつも、
 
 
 
 
 
 
うわ、また……
またこの思考してるよオレ、、、

 
 
 
 
 
みたいな感じで気付く。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
今回の記事は、
恐らく圧倒的少数である
私の同族

共感を得られたらと思って書いています。
 
 
 
 
 
 
 
ほとんどの人は
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
こんなん読まされても
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
は???(゚Д゚)
 
だと思う。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
でもね、
 
 
 
 
 
 
 
 
1000人に1人でも
いいから

 
 
 
 
 
 
 
この感覚、わかる!
と思ってほしくて
書いてみた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
その、
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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見てもらいたくて
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