マイノリティが
社会に居場所を得るには、
面倒な存在になるしかない。
という案を提示してみる。

知識だけでは不十分?
確保すること
が目的ですよね?
とすると、
よく言われる
知識だけでは、不十分な気がします。
なぜなら、
ためには、マジョリティ側の席を空ける
必要が出てくる
からです。

知識は第一段階として重要ですが、
マイノリティが社会に居場所を作るためには
第二段階である、
マジョリティへの強制
がある。
まず、知識として
「こういう人たちがいるんだな」(゜д゜)
という知識
これが第一段階。
しかし、知識だけでは
社会に居場所を作るのは難しい。
何故か?
その居場所には
既にマジョリティが座っているからです。

例えば
障がい者を雇用する雇用枠。
しかし企業の雇用枠には
既にマジョリティ(健常者)がいる。
し、
企業側は利益の為に当然
マジョリティ(健常者)で枠を埋めたい。
これを無理矢理マイノリティ(障碍者)で
埋める必要(メリット)はない。
(国の補助金、逆に罰則など、がなければ←これは知識、ではなく、メリット・デメリット)
知識だけある……
ことは=自分たちの領域への浸食を了承する
理由にまでは至らない、と思う。
知識だけ、では。
差別に対して知識が大事……
コレはもちろん、否定しません。
同意します。
第一段階は、知識。
それは、同意します。
問題は、その知識がある次の段階。
知識だけでは、居場所は作れません。
社会に受け入れられるためには、
知識がある「だけ」
では足りない、と考えます。
マジョリティの社会に
マイノリティの居場所を作るためには
相手(マジョリティ)に
何かしら譲歩を求めなければいけないから。
単なる知識だけで、
マジョリティ側が譲歩するでしょうか?
ライフスタイルや人生での
席を空けるでしょうか?

メリットがないと、
難しいのでは。
メリットがあるとは……
例:補助金など
またはデメリットを避けるメリットがある
例:罰金を逃れる、社会圧から逃れる
誰かの自由は誰かの不自由である。
という言葉は、
正鵠を得ている面もあると思います。
そうじゃない面も「考え方」に
よっては在るけど
この言葉通りの面もある。
マイノリティの自由(メリット)は、
大抵マジョリティの不自由(デメリット)を生みます。
(配慮、は厳しい言い方をすれば、手間です)
不自由(デメリット)の壁は知識だけでは
乗り越えにくい、と思います。
「こういう人もいるんだ」と思う事と
②実際そういう人が
自分のライフサイクルに入ってくる
事の間には大きな隔たりがある。

率直に言えば
マイノリティの居場所作りは
マジョリティが有する既得権益との戦い。
マイノリティが受け入れられる3つの方法
マイノリティがマジョリティに受け入れられる方法は、次の3つが考えられます
第一段階の
知識としての理解は前提として、
その次の第二段階での話
(マジョリティにとって)
価値ある存在になること
2つ目が、
文明の進化により全体のパイを増やすこと
上記の「席」を増やす行為
3つ目が、本題の
めんどうくさい存在になること
である。
1つずつ説明していきたい。
※これらの方法は攪拌できると考えます。
とりま、力関係は
マジョリティ>マイノリティ
数で不利なのだから、必然とこうなる。

【1】(マジョリティにとって)価値ある存在になること
マイノリティでも社会貢献ができる存在になることで「違っているけど必要、【有用】な存在」とマジョリティに認識してもらう。
問題点は、能力のあるマイノリティしか認めてもらえない事だ。
一定以上の(社会に役立つ・金儲けできる)能力がある、ことが前提となる。そうなると、マイノリティの中の一部の人たちしか存在価値を認められない。
マイノリティ=特定の能力に秀でている、は誤認。
ミクロ戦略に近い。
【2】生産性向上から全体のパイを増やす

この記事でも語られていること。
私が当ブログで最も注力している方向性。
50しかパイのない社会だと
マジョリティは
自分たちが
抱えているパイを手放さないだろうが、
500のパイが社会にあると
マイノリティに分け与えても
まだ自分の取り分が確保できる(寧ろ増える)。
結果、譲歩しやすくなる(と考えられる)。

↓↓↓↓↓↓生産性向上↓↓↓↓↓↓

少数者を理解してもらう際に、多数者の幸せがまずないとそれは更に難しくなる。
例えば、自分が生活困窮している時にマイノリティを配慮なんてできるだろうか? 配慮(手間)は、余裕から生まれる(というか、余裕がなければ生まれない)。
人間は全体としてみれば
自分が幸福なら他人の事を考えれる生き物。
自分がギリギリ(不幸)な状態では、
他人の事は考えにくい。


全体がハッピーになる望ましい方法
だと思うが、長い時間がかかりそう。
【3】めんどうくさい存在になること
現実マイノリティが
(「理解」という名目で)
活動していることが、実質コレだと感じる。
最も現実的だ。

要するに世間から
「否定したらめんどうくさそう」
だと思われる存在
になること。
マジョリティに
「面倒くさそう」
と思わせたら、勝ち。
本当の意味での理解、ではないけど
それでも
自分を偽り耐え忍んで生きていく(現状)
に比べたら、
マシ。
自身の経験からも言えますが、
当事者目線に立つと
本当の意味での理解、
とか悠長なことは言ってられません。
それが現実どれほど困難か、は
身をもって知っているつもり。

HSPとしては物心ついた時から



社会不適合者(労働者)としては、
働き始めた時から

実に長い期間、
私も少数側で息をしてきたので。

本当の意味で理解される、って難しい。
マジョリティに
マイノリティを
理解するメリットなんてないし、
デメリットもない
(理解しなくとも、人生上不都合が生じない)。
ならば、作るしかない。
~しなければデメリット
というメリットを。
欠点は、
マジョリティからの反発を受けること。
実質「奪う」に等しい行為なので。
マイノリティが理解されるためには、めんどうくさい存在になるしかない
という結論に、逢着する。
恐らくは(私のように)
「理解」の壁に何度もぶち当たり、

挫けた結果……
この方法に依る。

理解
と言うより
理解(圧)
空気による半強制。
文句を言えない空気にしていく。

例えば
マイノリティを
理解ある前提で扱わなければいけない。
でなければ攻撃する。
この攻撃を回避できる=メリット
とする。
こうした威圧行為を見目良くするため
「理解」という名のオブラートで包む。
真の意味での理解
は極めて困難。
でも面倒な存在になる、は
一定数が声を上げ続ければ、可能。
ドラスティックに映るかもしれないが、
マイノリティは

声を上げないと、存在しないこと、にされる。

我々は
居場所を
「勝ち取る」しかない。
それを選択しないなら、
今まで通り
息をひそめて正体を隠しながら
(世間からはないものとされたまま)
生き続けるしかない……。

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(属性によっては、息すらできない)

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ノイジーマイノリティ→マイノリティは声を上げるしかない
マジョリティは
マイノリティなんか相手しなくても
一生困りません。

人間は自分が困らないなら、
あえて不本意を受け入れようとはしません。



人間、メリットのないことを
労力を使ってまでしません。
だから、困らせて、
その困苦を回避する
メリット……
作る、しかない。
マイノリティを疎外したら
デメリット(社会的圧力)
――――というメリットを。
「こいつらを批判したら、
こいつらをないがしろにしたら、
こいつらを怒らせたら
何か色々言われて面倒くさい」
とマジョリティに思わせたら、勝ち。
市民権が芽生えた瞬間。
向こうに理解するメリットがない以上
デメリットを回避することを
メリットにさせるしかない。
そうさせられるかどうかのゲーム。




