休みの日も常に仕事のことばかり考えてしまうあなたへ






休みの日も
何をしていても

仕事のことが頭から離れない。
仕事のことばかり考えてしまう。


私も同じです。
いえ、誰しも多少は
そういった傾向はある
でしょう。

でもね、【我々】のそれは、
病的なレベルなのです。






仕事の時間以外も、精神が毒ダメージを受け続けている状態なんです。ただでさえメンタル脆いのに、継続した苦痛がそこにプラスされるので、並みの人の何倍も精神が消耗します。

HSPゆえに、普通の人なら何でもないことで痛烈なダメージを負う

HSPとは、生まれつき「非常に感受性が強く敏感な気質もった人」という意味で、「Highly Sensitive Person(ハイリー・センシティブ・パーソン)」と呼び頭文字をとって「HSP(エイチ・エス・ピー」と呼ばれています。HSPは環境や性格などの後天的なものではなく、先天的な気質、即生まれ持った性質であることがわかっています。統計的には人口の15%~20%。5人に1人があてはまる『性質』であり、稀ではありませんが、裏を返せば、約8割の人はこの性質にはあてはまらないため、HSPの特性は共感を得ることが難しく、HSPでない人たちとの差に自己嫌悪を感じることや、まわりに合わせようと無理をして生きづらさを感じやすくなる性質といえます。

引用:HSP(Highly Sensitive Person)ハイリー・センシティブ・パーソン



私自身が重度のHSP
もう子供の頃からそうで、
私は物心ついた時から
周りの人間がすべて異星人に見えました。


それくらい、
違う
んですね、周りと自分が。

森羅万象に対する感度が、全然違うんです。


ハッキリ言うと、子供の頃から、私にはこの国が、死人や半死人ばかりが生きている【死体の国】に見えていました。そしてそんな死体の国で生きていくためには、自分もまた死体になるしかありませんでした。


この↑↑↑自動車学校の時もね。

↑↑↑↑↑↑↑↑↑
こういうことが普通にあるわけです。
相手の感情の起伏を気にし過ぎてしまう。
普通の人なら、大して気にしない、
大して気にならないことが
気になり過ぎるんです。
(特に他人の怒りの感情に非常に敏感なんですね)

相手の感情自分の思考領域
勝手に侵入してきて、
それで頭がいっぱいになってしまう

んです。
(自分でも当然そうなるのが嫌なので、そうならないようにしよう、と頭で考えていても、どうにもならないんです)





だから仕事で怒られたりすると、
普通の人なら落ち込む程度ですが、
我々HSP
地獄に突き落とされた心地になります。
そしてその地獄が永続するんです。
普通の人は家に帰ってビールでも飲めば、ある程度怒られたことも忘れて気が晴れますよね? 寝れば気持ちが落ち着く、なんていう人もいました。

これが、普通です。
そして我々には
こういうのが一切ないわけです。
気持ちの持ちようとかそんなレベルではなく、
私はもう常々これ病気なんじゃないかって思ってきたくらい

嫌なことがから離れないんですよ。



仕事のことが頭から離れない

何をしていても、
本当に仕事のことが頭から離れない。



良い職場、
つまりストレスがない職場では
この現象は起きません。
(なかなかないですけどねそんな職場w)

起こるのは、ストレスがある職場
大体が、人間関係か、自分の能力でこなせるか不安な仕事を抱えている場合。
(まあほぼ人間関係。能力でこなせない仕事場だと頑張ってもどうにもならないので(仕事が出来ないので)近々に辞めることになるから。でも人間関係に問題があって仕事自体はどうにかできている場合、感情さえ我慢すれば続けられちゃうんですよね。もちろん、心が壊れるまでのあいだではありますが)






とにかく、
何をしていても、
その仕事の(ほぼ仕事上で関わる人の)、
嫌な気持ちが頭から離れません。


普通の人なら、余程嫌なこと(ブラック職場やブラック上司に運悪く当たるなど)がない限り、覚醒している時間の全てが仕事のストレスの汚染を受けるなんて、ありえません。帰宅すればある程度リラックス。家族やペットと話せば気が紛れる。友人に愚痴れば、飲みに行けば、発散出来る。

それが、所謂、普通じゃないですか。
だからこそ、サラリーマンと居酒屋がセットで親しまれてるんですよね。


嫌な上司の不満を同僚と愚痴れば、
気分が軽くなり、明日からまたがんばれる。



これが、普通の人です。





そして私は36年生きてきて
この普通の人、とは(こういう部分では)
理解し合えない
という解答に到達しています。
(私が普通の人たちに社会不適合者のメンタル面での理解を訴えかけたことは実はこのブログ上で、一回もないです。何故ならやるだけ無駄だから)

嫌なことがあっても、
それを自然と忘れられる。
また、ストレス発散により
対応が可能。


これが、普通の人なんです。



しかし、我々には
これが出来ない
のです。



いえ、愚痴ったりはできますよ。
私も郵便局時代、
労組の飲み会が定期的にあり、
ゆうメイトの同僚や社員の上司と
横暴な課長に対して散々愚痴りました。


しかし、どうしたことでしょう。
気分は一切、晴れないのです。


一切です。



酒を飲んでも。
上司の悪口を言い合っても。


何一つ発散されないのです。




そんな私が経験上、

ストレスを発散?できた唯一無二の方法


は、ストレス自体を
消去できた時
でした。


嫌な人、苦手な人と
和解できたとき(ほぼないですw)。

また、部署が変わったり
退職してその人と
会わなくなったとき
(ほとんど、こっちです)。





本当に、
ストレスから解放されたのは
そのときだけ。


しかしなかなか、
難しいものでしょう。

仕事を辞めるのも、
嫌な相手との和解も、
簡単に出来るものではないですよね。




じゃあどうしていたのか。

どうやって仕事の苦痛に、
仕事中、仕事以外の時も晒されながら、
どう対処?したのか。




それは、
我慢です。



苦しみをずっと我慢した。
年単位で我慢することも、
ざら
でした。



本当にね。
自分でも嫌な性分だなと思いますよ。
嫌なことをすぐ忘れる人や、
大して気にしない人いるじゃないですか。


あの対極に、自分がいるわけです。






例え仕事が無能でも、
ストレスを溜めにくい、
または感じにくい人なら、
社会でやっていける
んですよね。



しかし我々は、

無能+ストレスに酷く弱い

とゆー



社会不適合者の必須条件
兼ね備えたような人間
なのです。



考え方を変えてどうにかなるなら、最初から悩んでない



ですよね。
考え方を変えてどうにかなってるなら、
どうにかしてます。

とっくの昔に、どうにかしてます。

気にしないようにする、とか。
前向きにとらえる、とか。
それで何とかなるならしてますよ。
(それ(考え方を変える)ですべての人が何とかなるならこの世にメンタルで困っている人は一人もいないでしょう)



嫌な相手とも上手く付き合う?
上手く付き合おうと努力した結果が、

なんですよ(笑)


大体にして自分で出来ることはやってます。

普通の人に理解してもらうことは、ほぼ無理


ですね。
100%無理とはいいませんが
ほぼ100%無理です。



でもね、
頑張って理解を求めている人たちもいて
私はその人たちを凄いと思いますよ。
その人たちを、否定なんてしません。
(その理解の上で社会保障拡充や法改正が成される場合もあるので)
とてもありがたい存在だと思っています。

ただ私はやらない。
これまでの人生
(ブログ開始前までの段階)で、
普通の人の理解力に対して
あまりにも幻滅し過ぎた。





なぜ人は考えを改めないのか?この記事も重要。割と人の本質に近い部分を指摘していると考えます。読むのがめんどくさい人の為に要点だけ伝えると、人間って他人に対しては、メリットのあることしかしないんです。で、我々のような普通でない人間を理解することが、普通の人たちのメリットになりますか? これ、理解しないと普通の人たち困りますか? 困りませんよね?? メリットないですよね?? ……ってことです。

つまり、普通の人への訴えなんかは、
99.9%無駄な労力
つまり徒労に終わる。


0.1%……
つまり1000人に訴えたら
1人くらいは理解してもらえるかも

しれません。

しかしそのために費やす労力
リターン(メリット)を考えたら
余りにも割に合わない行為なので、
私はしません。
【この記事も、普通の人たちに向けてではなく、私と同じタイプの人に読んでもらうために書いています】


日本社会はアウトの状態までは頑張らせようとしてくるため、程々の所で休むこと


休む、または、ほどほどの頑張りが継続できる程度の仕事を続ける、ってことですね(正社員だとなかなかないんだけどね……)

やっぱり日本社会は、社会全体も、会社も、そして同じ労働者までも。みんなこのアウトな状態になるまでは、頑張らなければならない、っていう固定観念に縛られているんですよね。だから「しんどい」っていう人がいても「でもあなたはまだ頑張れるでしょ?」って言われるんです。国からも会社からも、同じ労働者の仲間(ネット上でも)からすらも。結果として、みんなアウトな状態、解かりやすく言えば、本当に身体を壊してしまったり、深刻な鬱病になったりと、それくらい酷い状態にならないと、つまり

重症にならないと頑張ることから解放されない社会


なわけなんです(なんだか地獄みたいだねw)。
それで、私自身がそう(心も体も労働でアウトラインを超過してボロボロになった人間)だから実体験として解るのですが、こうなると労働戦線へのまともな(いわゆる正社員での)復帰が困難というかほぼ不可能になり、それが一定の療養ではどうにもならない状態が長く(何年、何十年、場合によっては一生)続いてしまうワケですね。

これが、もっと前の段階……ちょっとしんどいな、憂鬱だな、仕事で問題を抱えているんだよな、っていうレベルで適切な対処、または休養が与えられる。そしてそもそもそんな状態にならない程度の頑張り(労働)で済む(いわゆる甘えが許される)社会なら、こうはならずに済んだ。適切な休養、または無理のない労働、ならずっと社会でいう労働力として社会貢献できたはずが、アウトラインまで頑張らなければいけない社会ゆえに、使い潰されてしまうわけですね。




私のこの公務員の友人もそうですよ。


今このかた精神病にかかって通院している状態です。思ったよりも精神面が重度で、精神安定剤も飲んでます。で、ここまでになってしまうと、またフルタイム労働戦線に復帰できるのが、いつになるか分からないわけです(もしかしたら生涯無理かもしれない)。それは、ここまで追い込まれなければ、休むことが許されない(有り得ない)とされる社会のせいなんですよ。もっと早い段階でケアがあれば。そもそもこんな労働環境でなくもっと緩ければ、こうやって長期で羽休めしなければならない状態にはなってないんですね。

結果的に、社会として見ても、
それはマイナスでしょう。
っていうことです。


厳しくしなければ、甘えたり、怠けたりするやつが出る? いいじゃないですか、出ても^-^そもそもそんな人が出たからといって困っちゃうほどのギリギリな社会なんですか、日本は。……違いますよね? それに問題なのは、そこじゃないでしょう?? そういった怠け者が出ることが問題なのではなく、そういう怠け者を規制するためにより厳しくすることにより、本当に辛い人のSOSまでも否定して(見逃して)しまうこと、こそが問題なのではないですか?

どうすればいいですか?



休みの日も常に
仕事のことばかり考えてしまう
悩みですね。



答えから言ってしまえば
最終的には生活保護があるんだから
死ぬことはないと腹をくくり
限界を超えるような(正確には限界の二歩手前)無理はしないこと
です。




ええと、まずですね、
自分の胸に手を当てて聞いてみて下さい。




仕事以外の時も
仕事のことが頭から離れない
その悩み。

自力、または上司への相談など
いわゆる自己努力の対処


解決しますか?






解決しないなら、
やるべきことは辞職です。





辞職からの転職もいいし、
(Q.なんでネットで「仕事のことばかり考えてしまう」、って検索すると転職を勧めるサイトばかり出てくるの? A.それは転職アフィリエイターが金儲け(紹介報酬)の為にそういうサイトを作りまくっているからです^^)


ニートもいい。
失業保険もらえるなら、
もらいつつゆっくり
次の良い職場を探す。





辞職したら失業して
生活が困難になる?

それには、
社会福祉(最終的には生活保護で対処)です。





どうしても働けないなら貯金食い潰して
それでも本当に困窮したら
最終的には、生活保護です。






いや、結局、この
解答以外、どうにもならない
からw


マジでどうにもなんないw


私も色々方策をこれまで
(自分自身のことでもあるので)
考えてきましたが、





これ(自助努力)で全員はどうにかならないんです。

全員救うなんて理想論? いえ、かなりの数死にますよ? 自力で何とかできない奴は死ね、だと【かなりの数の人】が死ぬことになります。加えてテクノロジーが発展していくにつれ、技術的失業が起こってきます。自力で価値提供して金を稼がなければ生きていけない時代は、文明の進化と共に終わっていくわけですね。今、文明はそういう段階に来始めているわけです。なのにいつまでも【働いて価値提供できない奴は死】【労働のみが金をもらう唯一の手段】【働かざる者食うべからず()】の時代遅れな価値観の社会なままだと、たくさんの人が(死ぬ必要はないのに)死ぬことになるでしょう。







とにかく
自力でどうにか出来る人もいますが
それが無理な人も(結構な数)いて
(あるいは今後出てきて)
自力でどうにかしなければならない、
となるとそれが無理な人

死ぬしかないんです。




そう。

この解答以外でどうにかしようとする

つまり、自力でどうにかしろ
って選択肢しかない



必ず一定数、死にますよ?




その考え方だと(自助努力で解決しなければならないって考えのみだと)
下側にいる一定数の弱者は必ず死にます


必ずどうにもならない人は出てくるし、
その人たちは、
死ぬしかなくなる。

弱者は死んでも仕方ないじゃん? って思う人(?)もいますが、私はそうは思いません



日本社会では、正社員でなければ一人前として認められませんが、その正社員の地位って、椅子取りゲーム状態なんですよ。つまり、全員座れる椅子はないんです。誰かは必ず座れないわけ。その誰かっていうのは、能力の低い人や社会不適合者や運のない人……で、自己努力でどうにかしろ、だと、この人たちは死ぬしかないんです。





何もね。
みんな今すぐ生活保護受けろとか
言ってませんよw

それに関しては
この辺の記事に私の考えが書いています。





ただね。

自殺するくらいなら
最低限度の生活すら不可能なら
それは堂々と
生活保護受けて良い
んですよ。

(本当はもっとここラフに書きたいんだけどね^^;)



つまり、
自殺するほど追い詰められることはないんだ
って思っててください。
仕事辞めても、お金を稼げなくなってもね。



私自身も本当に困窮したら
生活保護を受給します
よ。
今の所、家もありますし、
多少の資産もあるので
飽くまで今の所は
生活保護に頼る予定はないですが
やはり人生この先どうなるか解りませんから。
最も可能性が高いリスクだと
病気が悪化して、労働が更に厳しくなることも考えられます。



なのでまあ、


みんなも
死ぬほど思いつめないでね。


もっと適当に生きようぜ?
日本社会、供給過多なので。
適当に生きれるんですよ、この国。
文明、供給能力、十分ある。
ないのは、みんなの心の余裕(ていうより消費するためのお金か)だけw(こっちはヤバイレベルでないwwww)

















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